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【Prickly】Pricklyの日々

 和真がレッスンスタジオに入ってきたとき、裕介はイヤホンをつけてPricklyの新曲の仮音源を聴いていた。和真に気づいたものの、特に何をするでもなく、そのまま鏡の前でストレッチを続ける。


「おい」


 その態度が気に入らない和真は、裕介の背後に立つと、背中を膝で蹴りながら声を押し殺して呻いた。苛立った裕介は右のイヤホンを外し、鏡ごしに和真を睨みつける。


「なんだよ」

「挨拶くらいしろよ」

「いま曲を覚えてんだよ」

「今日はダンスだろ」


 短く言い合い、裕介もだんだん腹を立てて、実物の和真を見ると立ち上がった。胸倉を掴み合うような喧嘩には発展しないものの、朝から二人は一触即発の雰囲気だ。そのまま無言で視線を絡めつつ、裕介は和真の不機嫌の理由を考えていた。そうだ、甘えだ。和真は三人でモルモットが重なるようにして楽しみたかったのではないか、と。


「ちょ、ちょっと、何やってんの!」


 入口から恭平の焦った声が聴こえてきて、和真と裕介はそちらに目を向ける。見ると、いつものように恭平が半分心配、半分諦めのような微妙な表情をして、二人がいる位置まで走ってきた。


「ほらっ、喧嘩しない!」

「喧嘩じゃねえよ。こいつがさ」

「レッスンが始まる前に、何してたって自由じゃん」

「ま、そうなんだけどさ。裕介くん、新曲覚えようとしてたんでしょ? それが和真くんはムカついたって感じ?」

「気に入らねえ」


 はっ、と小さく息をつき、和真が裕介の正面に回ってそう言い捨てる。何も間違ったことはしていない、別にグループだからと誰かに気を遣う必要などないと、裕介はもちろん無表情だ。それがますますセンサーを刺激させるのか、いよいよ和真が裕介のシャツの襟元を掴んだ。さすがに看過出来ない恭平は、二人の間に割って入って声を荒らげる。


「はい、もう終わり! 今回は和真くんのわがままでしょ。感じ方は人それぞれだけど、お互い主張が強すぎるのはやめなきゃ。で、裕介くん。せっかく三人揃ったんだし、先生が来る前におさらいしておくのはどう?」


 いい子ちゃんすぎると笑われるかもしれないが、和真や裕介より一つ年下の恭平には、それくらいの提案しか思いつかなかった。和真と裕介は、決して仲が悪いわけではない。いや、同い年で仲がいいからこそ、相手の態度や反応が過剰に気になってしまうのだ。それがわかっている恭平は、どちらも刺激しないようつとめて無理に笑う。どうか和真の、裕介の「わかった」という答えを望みながら。


「そっちがやるってんなら」


 先に折れたのは、裕介だった。和真も裕介から目を逸らしながら頷き、三人は等間隔に距離を取って、鏡の前で横一列に並ぶ。


「はい、じゃあアカペラで歌いながら」

「俺のスマホで再生出来るよ」


 イヤホンを抜いて、後ろの荷物置き場にあるバッグにそれをしまい、裕介がスマホをパイプ椅子の上に置いた。先日完成したばかりの仮歌を選択し、音量を上げてから自分の位置に戻ってくる。


「やっぱこういう曲、Pricklyっぽくて好きだな」


 恭平が身体を揺らしながら言うと、和真と裕介も「そうだね」と返して笑う。三人揃っただけですぐにグループの空気感は良くなり、恭平はほっと胸を撫でおろして、次に自然な笑みを見せた。


「恭平、ちょっと遅れてる」

「ごめん! 合わせる」

「ここまだほとんど習ってなくね? すげえじゃん、和真」

「俺はダンスが一番好きだからな~」


 それぞれなんとなく言葉を交わし合い、ダンスの講師が来るまで何度も同じ曲の振り付けを踊った。音楽とダンスは三人の心をひとつにし、それを通じてファンに笑顔を届けられることの喜びを思い出させる。

 いまこうして雑誌の取材やレギュラー番組の収録の合間を縫って、ダンスやボイスのレッスンに励んでいるのは、春に行われるコンサートのためだ。応援してくれるファンをがっかりさせたくない、楽しませたい、Pricklyを好きになってよかったと満足して帰ってほしい。そのためには無駄な感情をなくし、スキルを磨くに限るのだが、和真や裕介の個性を愛してくれる人もいる。どこまで真面目にやるか、素の部分も見せるかの判断は難しいところだ。


「おはよう! よーし、みんな集まれ~!」


 低音イケボで有名なダンスの講師・イツキが手を叩きながら入ってきた。イツキと連なって中学生のキッズたちもスタジオ入りし、裕介はエンドレスで流れている曲を止める。


「おっ、自主練してたのか。いいぞ、和真のダンスは色気があるからな」

「イツキさん~! 俺のことも褒めて、褒めて!」


 そう泣き真似をしたのは裕介だ。裕介は「あざとかわいい」を地でやっており、それはファンのみならず、周囲の大人をも巻き込んでしまう、不思議な才能だと言える。イツキは顎に手を当てて「う~ん」と考えるそぶりを見せたあと、裕介の頭に手を載せて微笑んだ。


「裕介はかわいいから、それでいいんだよ」

「えっ、何それ。イツキさん? 俺のダンスだってイケてますよね?」

「恭平は真面目すぎるな。もうちょっとラクに踊れ」

「はい。何年もやってるのに、素人くさくてすみません」


 恭平が肩をすくめて言う。スタジオに入ってくるなり和真を褒め、そして恭平にはアドバイスをしたイツキに、裕介はぷくっと頬を膨らませて迫る。


「イツキさん! 俺のことただのかわいい系アイドルだと思ってます?」

「もちろん裕介だってセンスいいよ。あとは好みの問題だな。優劣をつけるわけじゃなくて、俺は和真のダンスが好きだ。裕介も恭平も、あとキッズのみんなも、がんばってるのはいつも見てる」

「むーん……。納得いかないけど、そのぶんレッスンがんばりまーす」


 男性の、それもダンスの講師相手に、何度もあざとかわいい攻撃が通用するとは、裕介だってまさか思っていない。それよりも結果を出して認めてもらおう、自分を好きになってもらいたいと一生懸命なようだ。

 そんなわかりやすい裕介をそばで見ていた恭平は、和真や裕介の子供っぽさに口元を緩めつつも、「真面目すぎる」と言われた自身のダンスを頭に描き、改善点を見つけようとする。

 ミッシングキッズとして事務所に入って思ったのは、和真と裕介の圧倒的な存在感とその才能だった。恭平の一日目から、和真と裕介はトップクラスで、三、四年ほど前に入ったキッズは、二人のようになりたくて、憧れてオーディションに勝ち残った精鋭たちだ。

 そして恭平は、なぜか二人に選ばれて晴れて「Prickly」としてデビューすることとなり、同期のキッズたちは、ショックを隠し切れずにやめていく者も多かった。いやでも注目される側に立った恭平は、だが二人のガキっぽさに翻弄されながら、日々充実したアイドル活動を行っている。

 つい最近始まった番組では、全員が不慣れな楽器を持ち、バンドとしてデビューしようという、とんでもない試みがなされている。和真も恭平も「カッコいいから」とギターを譲らなかったが、結局ギターになった和真は、うまく弾けないからと、即刻だれて練習をサボり始めていて、恭平は番組の存続が気になっている。


「よし! じゃあまず『星屑のいろ』からいくぞ!」

「よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」


 スタジオ内にいる全員の声が重なり合い、それがかなりの音量となってイツキの耳に届く。恭平は歌って踊り慣れたPricklyのオリジナル曲だからこそ、気軽に踊って楽しもうと、きっと二人と同じライブ会場の幻想を思い描いた。


 何年一緒にいられるかわからない。それでも、いまを共にするこの瞬間こそが、不器用に尖った俺たちらしい奇跡だと、恭平は左右に目をやって微笑む。和真と裕介と、そしてファンと見られる景色が、いつも輝いていますように。そう願った恭平の気持ちなどお構いなしに、和真と裕介は横目で睨み合い、それぞれの個性に合ったダンスを磨き合うのだ。

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