【ねむい】ホワイトバースデーに帰る場所
初めてのファンに向けての配信を終え、勇紀と宏隆はふぅ~っと細く長い息を吐き出した。男の娘アイドルユニットとしてデビューしてまだ四ヶ月。他のミッシングタレントのようにキッズ経験のない彼らは、常に手探り状態で活動を続けている。
「いぇ~い、ぴろちゃん、ちかちゃん、お疲れぇい!」
デスクの向かいから宏隆と真賢に手を伸ばし、勇紀はハイタッチを求める。宏隆は控えめにそれに応じたが、案の定真賢は機嫌が悪そうだ。
「ちっかちゃ~ん!」
「現場ではマネージャーと呼べ」
「スタッフさんだってちかちゃんて呼びたいですよねぇ?」
近くにいた音声スタッフにふると、彼は首を引っ込めながら曖昧に微笑んだ。それを肯定と取った勇紀は、スタッフと肩を組んでふんぞり返る。
「ま、ちかちゃんのそんな堅物なところが愛おしいんですけどね」
「ふとん……、お前は……」
「もう勇紀でいいじゃん。ちかちゃん、切り替えは大事だよ」
確かにそれは頷けるし、もう配信も終わったのだ、このまま二人を男の娘の姿で収録現場にいさせることもない。まだスタッフや宏隆ときゃはきゃははしゃいでいる勇紀の首根っこを掴んで大人しくさせると、真賢は鼻から大きなため息をついた。
「お疲れさまでした。それでは失礼します」
「お疲れさまでした~! 良いお年を~!」
「あ、お、お疲れさまでした。ありがとうございました!」
宏隆が最後にあらゆる方向に礼をし、新人アイドルユニット「ねむい」と、そのマネージャーである藤沢真賢は去っていく。すぐに更衣室へと移動すると、勇紀と宏隆はメイクを落としてもらうために、鏡の前の席に座った。
「お願いしま~す」
デビュー前から肝が据わっていたと言っても過言ではない勇紀が、メイクアップアーティストのRirikaにちょこんと頭を下げる。Ririkaは勇紀と宏隆の間でクレンジングオイルを手に取り、それを人肌で温めている。
「は~い、ふとんちゃん、ぴろちゃん、お疲れさま。年内のお仕事はこれで最後?」
「イベントや配信などはもうないです。明後日……だっけ? 事務所でチェキ会の抽選して、その結果をちかちゃんがサイトに投稿して終わりです」
「そっか、じゃあ年越しはのんびり出来そうかな。私も元旦くらい休みたかったなぁ」
Cruelの結城水斗と雨宮りくの担当をしている杏里と同期のRirikaだが、Ririkaの方が技術が高いとの声もある。もちろん、男性アイドルと「男の娘アイドル」の方向性の違い、メイクとは主観や好みが大半を占めるものだが、Ririkaは杏里と同じくらい忙しい。
「みなりくコンビ」専属となった杏里と比べ、Ririkaは別の事務所の女性タレントを担当することもあり、ほとんど年中無休状態だ。
「Ririkaさん、いつもありがとうございます。体調には気をつけてくださいね」
メイクを落とされ、いくらか男の子の顔になった勇紀が、鏡ごしにRirikaを見て微笑んだ。だんだん自分本来の姿に戻っていくのを、宏隆は複雑な表情で見守っている。
「こちらこそよ~! ミッシング初の男の娘アイドルユニット『ねむい』! 君たちを担当出来るなんて誇らしいし、私のメイクでかわいくなっていく過程を見られるのは、私だけの特権だからね!」
「あぁ……、すみません。俺、素はめちゃくちゃ男顔で」
顔の半分が男の娘、もう半分が少年という奇妙な状態の宏隆が、勇紀の方を向いているRirikaの背に頭を下げた。またそんなこと言ってる、と頬を膨らませる勇紀の肩に手を置き、Ririkaは宏隆の目線まで屈んでやさしい声で言う。
「ぴろちゃん、君にはもうファンがいるんだよ。ふとんちゃんとの対比もいいけど、男の娘メイド喫茶時代のように、明るくかわいく振舞った方が自分も楽しいよ」
言いながらRirikaは宏隆に施していたメイクを完全に落とした。そして保湿クリームと、唇にはリップを塗り、うしろから彼をそっと抱きしめてくすくすと笑う。
「ぴろちゃん、だいすき」
「おれもぴろちゃん、だーい好き」
Ririkaに続いて勇紀もその輪の中に入り、三人の女子が集まったような空気の中で、宏隆は大きく頷いた。それに、メイクを落とせば「ねむいのぴろ」だと絶対わからない顔つきは、変装をする必要もないのだ。
「Ririkaさん、今日もありがとうございました。勇紀、さっさと準備しろ。帰るぞ」
Ririkaに会釈をし、真賢は腕時計を見ながら、時間を気にしているようだった。勇紀のロッカーの中には、ワンピースがかけられている。日常的に軽い女装を嗜む勇紀は、芸能人になってもそれをやめるつもりはないようだ。
「ちかちゃん、私服これでいいよね?」
「どうせ、俺が持ってきた男物を着るつもりもないんだろう。それでいいから、早く退社だ」
「ちかちゃんがポケモンだったら、絶対性格『せっかち』だよねぇ~」
「……勇紀」
「はいはい。それでは、中の人は女装で『男』に戻りまーす」
ハンガーから外したワンピースは、クリスマスシーズンにぴったりな赤と白のデザインで、今日が終われば、もう来年まで出番はなさそうだ。バッグには財布、ハンカチ、スマホ、兄にもらったバンダナと、最低限の荷物しか入っていない。代わりに真賢のスケジュール表には、ねむいの予定がたくさん書き込まれており、勇紀は、口ではあまりやさしくないが、きっちり自分たちを管理しよう、責任感を持って取り組もうと努力してくれる真賢に常に感謝しつつ、ちょっかいを出してしまうのをやめられない。
「ねぇ、スヌードかぶれば大丈夫かな?」
勇紀が真賢に聴く。メイクを落としても、勇紀は顔立ちや、特徴的な三つ編みのヘアスタイルもあって、下手な変装はかえって目立ってしまうかもしれない。
「よし。じゃあ行くか」
「外見より、いっつもちかちゃんと行動を共にしてることが目立つ原因だったりして~!」
勇紀ははしゃぐが、それも一理あるだろう。だが、まだ小学生の時にトラウマになるような経験、そして兄との別れがあった勇紀を、真賢自身がどうしてもひとりにしておけないのだから仕方ないのだ。
勇紀に真っ白なスヌードを無言でかぶせ、真賢は自身もグレーのロングコートを羽織った。そして、メイク道具を片付けているRirikaのそばまで近寄り、心なしか穏やかな声色で話す。
「お先に失礼します。良いお年を」
「お疲れさまです~! 藤沢さんもふとんちゃんも、ぴろちゃんも、良いお年を」
Ririkaがそれぞれにやさしい笑顔で言うのに、勇紀は大きく手を振って応え、三人揃ってスタジオを出た。次にねむいとして相手に会うのは、一月五日にある「チェキ会」の時だ。
「ぴろちゃんももう帰る? 途中まで一緒?」
「いやいやいや。俺はもう誰だかわかんないけど、三人揃ってたらさすがに、ねぇ?」
「あ、そっか。じゃあ今年はこれで最後だね。ぴろちゃん、一緒にデビューしてくれてありがとう! 来年はもっともっと人気が出るようにがんばろうね!」
「うん! 俺もなるべく顔を上げるから、ふとんちゃん、支えててね。藤沢さんも、今後ともよろしくお願いします」
宏隆が真賢に握手を求める。いつも厳しい真賢だが、べつに二人のやり方を完全に否定や、嫌っているわけではない。宏隆の手をぎゅっと握ると同時に引き寄せ、少年らしい身体を抱きしめてやる。宏隆は焦ったような敗北したような、ふにゃふにゃした声で動揺し、わずかに動く手で勇紀を呼んだ。
「わ~い! ハグハグ」
「気をつけて帰るんだぞ」
「はっ、はい! それじゃ、また」
何度も振り向いては小さく手を振り、宏隆は繁華街へと足を運んだようだ。残された勇紀は、ふと鼻先に触れたつめたさに、満面の笑みを浮かべる。
「雪だ! やった~! ホワイトバースデー!」
「予報が当たったくらいで騒ぐな。帰るぞ、勇紀」
「ちかちゃんがケーキいらないって言うから予約しなかったけど、せめて帰ったら鍋にしようよ。キムチ鍋!」
「そうだな、今日明日は冷え込むそうだ。それも悪くない」
ぴゅうっと冷たい北風が吹き抜け、勇紀も真賢も首をすぼめる。ああ、やっといつものちかちゃんに戻ってくれそうだと、勇紀は嬉しさのあまり真賢と腕を組んで、案の定怒られた。
国吉勇紀は、藤沢真賢と同居生活を送っている。それにはあらゆる事情があるのだが、特筆すべきは「勇紀に身寄りがないこと」「勇紀の兄と真賢が親友同士だったこと」だ。「だった」と過去形なのは、七年前に勇紀の兄が謎の失踪をしたからで、もちろん見つかれば今だって親友だと言えるだろう。
当時真賢は高校生で、当然その時は勇紀を養える力はなかった。勇紀は真賢の両親が経営するアパートの一室を借り、そこから小学校、中学校、そして高校と学園生活をそこそこ楽しんでいた。真賢は、いきなり出来た義理の弟のような勇紀に同情と愛情を半々くらい持ち、身の回りの世話をするなどと彼なりにかわいがっている。
勇紀が「男の娘メイド喫茶で働きたい」と言い出したのは、真賢に頼り切りの生活を少しでも助けるためだった。真賢はもちろん反対したが、言い出したら聞かない勇紀に結局押し切られてしまう。そして、番組の企画でミッシングのタレントが店を訪れ、「男の娘アイドルユニット」としてデビューしないかという話を持ち出されて、現在に至る。
本人が楽しそうだからいいか、と思う反面、メイド喫茶時代にもストーカー気質の客は複数人いた。だから真賢は、本業である美術館の勤務時間を削り、こうしてねむいのマネージャーとして動いているわけだが、デビューからまたたく間に人気アイドルになってしまうとは、想定外だった。ねむいがもっと忙しくなれば、当然美術館をやめ、マネージャー業に徹底する必要があるだろう。イロモノ目当てのいっときの人気か、それともこれは持続するのか。勇紀は明るく振舞ってはいるが、本心はどうなのだろうと、真賢はいつも彼らを気にかけている。
玄関のドアを開けると、冷え切った室内の空気が、外気と合わさって出ていった。真賢の横をすり抜けて先に入った勇紀は、靴を脱ぐとすぐに振り向き、両手を広げて言う。
「ちかちゃん、お誕生日おめでとう!」
「ああ、今年もそんな時期だな」
「ちかちゃん! 誕生日は喜ばしいものだよ!」
「もうそんな年じゃない。でも、勇紀に祝われるのは嬉しいかな。ありがとう」
広げた手の先を動かして自分を求める勇紀に、真賢は素直に上体を預ける。今年もたくさん苦労をかけた、心配してくれたと、勇紀は感動して真賢の肩をさすった。
「へへっ、二十五歳のお誕生日、おめでとう」
勇紀の仕事のこと、紘基のこと、年末に差し掛かると、真賢にも思うところがあるのだろうか。そのまま黙って勇紀を抱きしめ、じっとして目を閉じる。
「ちかちゃん……?」
いつもと様子の違う真賢を困惑した瞳で見上げ、勇紀もまたそれきり黙った。数分そんな時間が流れ、真賢ははっとして勇紀を離すと、先にリビングへと進んでいく。
「ちかちゃん、おれは大丈夫だよ?」
「別に何も言ってないだろう。それに、ある程度は信じてもいる」
「にゅふふ、男の娘メイド喫茶でバイトし続けるより、思い切ってアイドルになった方が絶対楽しいよ。それは、ちかちゃんにとっても」
「まぁ、今後の方向性次第だな。それは年明けにでも上と相談する」
「趣味で女装する人……、まぁおれも含めてだけど、それ以外だと有償レイヤーとか最近人気みたいじゃない? どうせやるなら、その中でナンバーワンの男の娘になりたいんだ、おれ。それを一番近くで見守ってほしいのは、ファンじゃなくてちかちゃんなんだよ」
買ってきたばかりの鍋用の具材をテーブルに広げていた真賢の後ろから、勇紀はそう言って抱きついた。うっとうしいとはがされるかと思ったが、誕生日を迎えた真賢は、昨日までよりも少しだけ素直だ。
「はは、勇紀は俺がいないとしょうがないな」
「それはちかちゃんもだよ。ちかちゃんは俺の保護者であり、兄であり弟、恋人のようでもある」
「……最後のはどうした」
「その場合、おれの方が優位だからね!」
真賢からやや距離を取って、へへん、と鼻を高くすると、大きなげんこつを落とされる真似をされた。もっとちかちゃんで遊びたいとは思いつつ、勇紀も急いでキムチ鍋の準備を始める。
ちょうど日付が変わる頃、宏隆から無事に家に着いたとの連絡が入った。勇紀はキムチ鍋と真賢が入るようスマホで写真を撮影し、それを宏隆に送信すると、ねむいの繁栄を願ってしらたきをすすった。




