【BABYLON】小さな君が寄りかかる夜
一人一分という短いメッセージだったが、BABYLON結成七周年をファンに感謝するその動画は、送信後すぐにSNSのトレンドを賑わせるほど話題となった。夏のコンサート以降、男性ファンをも獲得しているのは、やはりオタ芸の盛り上がりあってこそだろう。オタ芸の継続、コンサートでは必須のコーナーにしてほしいという声も多数上がっており、リーダーの玲司はスタッフと構成を相談しながら、冬のツアーでもオタ芸を披露するか悩んでいる。そして、やるならやる、やらないなら別の企画を持ってくる必要があり、それはなるべく早く決めなければならない。コンサートは、ファンとの大切な交流の場だ。出来る限りファンの期待には応えたいが、それがオタ芸だという事実には、若干の違和感をおぼえる。だってそもそも、俺たちはアイドルなんだぞ、と。
「んで、このあとはパーチーなんだっけ?」
「うん。ドレスコードがあるような、かしこまったのじゃないから大丈夫。いや、まっちゃんさ、いい加減グループの仕事もちゃんと把握しておこうね」
「そうですよ、亮くん。私服でいいとはいえ、早朝の犬の散歩スタイルじゃないですか、それ」
「えっ、衣装ないの!? これで出ろってか?」
ウニクロのパーカーとジーンズ姿の亮は、慌てて佳樹が座る席まで飛んでいく。そして、佳樹が持っていた大きな手鏡をひったくると、それに全身を映して、大げさに騒いだ。
「ちょっ……、菊ぴー、教えてよぉ!」
「べつにいいじゃん。女装してるわけでもあるまいし」
「お前はいちいち例えが大げさなんだよ!」
亮が頭を叩く仕草をすると、佳樹は手ぶりで「鏡を返せ」と睨んでくる。そういえばひとりいないな、と気づいた玲司は、廊下でゲームにいそしむみつるの首根っこを掴んでため息をついた。
「みつるくん、中でやりましょう」
「はいな~」
そう言いながらも、みつるは画面から目を逸らさず、三連コンボが決まったとガッツポーズを取っている。たしか今日のパーティには、事務所の上の人間、少数だが関係者、ミッシングの他のグループも参加することになっていたはずだ。主役の自分たちがぐだぐだでは、後輩に顔が立たない。
「はぁ~……、恥晒すくらいなら、いっそバックれたい」
デスクに突っ伏した玲司は、曇った声でそう言った。佳樹に鏡を返さない亮、そんな亮を冷やかす佳樹、みつるは変わらずパズルゲームに夢中だ。もうやだ、とぐずりたくなった玲司の横に、伊吹が控えめに腰掛けてくる。
「玲司くん、俺がいます。一緒にがんばりましょう」
伊吹の仕事熱心さには、いつも感心させられる。CDデビュー前、なかなかにすさんでいたBABYLONを精神的に支えたのは、実質伊吹だと思っているほどだ。
同い年の亮とは嚙み合わず、みつるも当時はカリカリしていることが多かった。佳樹はいくら注意しても、ミッシングのアイドルという自覚を持たない行動を取る。いつも追い詰められていた玲司の心を救ったのは、紛れもなく伊吹だ。
「伊吹ぃ……」
Cruelの雨宮りくとのW主演ドラマは毎週高視聴率を叩き出し、最終回前に続編が決まるなど、狙い通りの大ヒットを収めた。ドラマ内の役名である「光とヒカル」として歌番組に出演する機会も多く、玲司はBABYLONが、いや、そばにいない伊吹が恋しかったのだ。
自分でも情けない顔をしていると感じながら、それを見られないように伊吹の肩に抱き着いた。伊吹は玲司の髪を撫で、耳元でBABYLONのデビュー曲をちいさく歌う。
「玲司くん、いつもありがとうございます」
「……なにが?」
「俺たちのリーダーでいてくれて。玲司くんのおかげでみんな自由に楽しくやれていますよ」
「一部自由すぎる人がいるんですけどね~……」
やっと亮から手鏡を奪い返し、髪の手入れに没頭する佳樹を差すと、玲司は苦笑した。佳樹の「佳樹らしさ」を含めてBABYLONが好きだと言ってくれるファンも多く存在するが、アイドルという人気商売をナメている、改善出来るものならしてほしいとは、常々感じていることだ。
だが、これまで一緒にやってきたという絆や、本番で決して間違えない徹底ぶりは自分も見習うべきだと思っているし、佳樹が好きか嫌いかと問われれば、間違いなく好きだと答えるだろう。だから、きっとこれがベストなBABYLONなのだと、玲司は自分に言い聞かせて活動している。
「あ~、今日の動画、配信にしてくれりゃあよかったのにな! そしたらコメントにもちょっとは反応出来るし」
「きゃはっ、俺が生放送で何言うかこわくない?」
「まぁ、それもあるか……。でもやっぱ『時間を共有してる』満足感よ。いっそBABYLONでゲーム配信なんかしちゃったりして! でもあれだな、べつにスパチャは給料に反映しないもんなぁ」
興奮してだんだん大きい声になり、そして最後にしぼんでウニクロ姿の亮のアイディアは終わった。好きなことを仕事にしたという実感はありつつも、いまだなお、CDデビュー前に低賃金で異常なほどに稼がされた傷は、それぞれの胸に残っているのだ。
「伊吹が伊吹でほんとによかった」
「はは、何ですか、それ」
最後にぎゅうっと伊吹の身体を抱きしめ、玲司はばつが悪そうに頬を掻く。Cruelも個性がばらばら、だがそこがいいと言われているようだが、それを言うならBABYLONだって全くタイプが違う。
「さぁみんな、そろそろ出るよ!」
「あれっ、増田さんは?」
「会場で準備してる。会場っても、貸し会議室に毛が生えたような広さだし、まぁほぼ事務所内の人と飲食しながら交流するだけだから、気を遣わなくていいよ」
増田とはBABYLON結成当時から彼らをまとめているマネージャーで、しかもまだ三十歳前と若手のホープだ。BABYLONには、CDデビュー時に二人、新しいマネージャーがついて、佐々木は主に亮の撮影現場へと同行しているが、当然増田に比べるとメンバーのなつき度は低い。
「みつるくん、荷物忘れないで!」
「は~い」
「佳樹、パーティでは極力黙ってて。まっちゃん、もう開き直っちゃって、おいしいもの食べよう」
それぞれから微妙な返事があったことをみとめると、玲司はパンパンと手を二回叩いて、メンバーのあとについて最後に楽屋を出る。忘れ物はないか、誰かがゴミを放置していないか、二周ぐるりと見渡してから電気を切った。
「玲司くん」
近くで伊吹の声がして、振り向きながら視線をやや下にする。すると二人分のバッグを持った伊吹が、眼鏡の奥でやさしい瞳を自分に向けていた。
「じゃあ、行きましょうか」
「うん」
伊吹からバッグと手土産を受け取り、玲司が顔を上げて歩き出す。前を行く四人を見つめていると、「本当に色々あったな」と、良いこともそうでないことも、思い出ばかりが玲司の脳裏に浮かんでは通り過ぎていく。すると、前を行く四人が一斉に玲司を見て、笑顔で手を差し伸べた。玲司は順番にメンバーの手のひらにタッチし、最後に伊吹の小さな手を握ると、もう片方の腕で三人をまとめてハグして、自信に満ちた表情で前へと歩き出した。
現在の時刻は二十二時を少し過ぎたところ。無事にパーティが終わり、亮が「BABYLONだけで飲みに行ってもいんじゃね?」と言い出したあたりから、記憶が曖昧になっている。
増田は「今日は五人で行ってらっしゃい」と彼らをねぎらい、そして亮はいくつかある、行きつけの個室居酒屋の中から、一番広くてゆったり出来そうな店を選んだ。それぞれ好きなものを注文し、みつるがメニューの中の枝豆を指差すと、すかさず亮が水斗と食べた不味いそれを過剰な言葉で批判してやめさせた。佳樹はたまに料理をつまみながら、ずっとスマホを操作して、誰かとメールでもしているようだ。
「佳樹、行儀悪いぞ」
「は~い。菊ぴーって仕事が終わっても、素で真面目なんだよねぇ」
「佳樹くんて、育ちが悪いんですか」
「身も蓋もないこと言わないの! 別に俺は……ね。佳樹のプライベートにまで首突っ込んだりしないから。だから仕事中と人の目に触れるかもしれない場所ではちゃんとしよ」
そう歩み寄った玲司に対し、佳樹は中途半端な返事でお茶を濁す。ここらでちゃんとしておくべきか、と玲司は考えかけたが、全員酒を入れてしまっていると気づく。佳樹は強い方らしいが、あれこれ話しても覚えてないふりをされる可能性もある。BABYLONの、アイドルとしての速水佳樹はある意味プロだと言えるが、それ以外の佳樹は未知数だ。正直、自分とは相性が悪いと、玲司は思っている。
「うわ、から揚げ、めっちゃ油っぽい。敷き紙もなくて、拭けないじゃん」
「取り皿の上で押すと油出てくる」
「から揚げじゃなくて焼き鳥にすればよかったかな? どうする、追加でたのむ?」
見た目の美しさ、特に麗しい髪にこだわりがある佳樹は、体型の自己管理は徹底している。きっとさほどおいしくもない、脂っこいから揚げを見る目は、いつになく真剣だった。メニューを手に取って、佳樹は向かいにいる玲司と伊吹に声をかける。そして、赤らんだ顔に虚ろな瞳の伊吹を見ると、口元に手を添えて笑い始めた。
「ぷくっ……、くく、あははっ。伊吹、お酒何杯飲んだの?」
「……二杯です」
「いつもなら返事に間はないもんねぇ。酔っぱらっちゃったでちゅか。食べちゃいまちゅよ」
「佳樹。やめなさい」
「だって、かわいいじゃ~ん」
今にもこっち側にやって来そうな佳樹から守ろうと、玲司は伊吹を両腕で包んだ。すると伊吹は、自分で眼鏡を外して、そのぼやけた視界に玲司を映して微笑んだ。
「玲司くん……」
「えっ、なになに、伊吹どうしたの」
言い終わらないうちに、伊吹は玲司の鎖骨のあたりにぐりぐりと頭をくっつけ、頬にキスをする。あまりお酒に強くないとは知っていたが、たったチューハイ二杯でこんなになってしまうとは、聞いてない。
「玲司くん、ありがとう……、いつも、がんばって、ね。俺が、俺たちが、見て、よんで、ますから。ほんと。うん、うん」
「よ、読んで……?」
「きゃっ、酔うとキス魔になるタイプだ~!」
店員の呼び出しブザーを二連打し、一分も経たないうちに来た店員に、佳樹は追加のチューハイと焼き鳥を注文する。とりあえず佳樹以外の人、誰か助けて! と念じながら玲司が向かいを仰ぐと、そこにはそれぞれの体勢で眠っているらしい、亮とみつるがいた。
「玲司くん」
「はっ、はいぃぃぃ」
どうしよう、どうしよう、どうすればこの状況を変えられるだろうと、玲司は伊吹の腰を抱きながら考える。そして佳樹の言うように「酔うとキス魔になる」のなら、今後公の場で飲酒は禁止しなければならない。
「玲司くん、大好き」
それは、初めて見た伊吹の狂おしいほどの笑顔だった。伊吹がくちびるを近づけてくるその間、玲司は微動だに出来ずにいる。テーブルの向こうで、佳樹がはやし立てているのがうっすら聞こえるが、そんなことより現状の把握、そして、回避。いや、本当に回避したいと思っているのかと、玲司は自分に問いかける。
「いぶ……」
まさに唇が重なり合いそうなその瞬間、伊吹は玲司の腕の中で寝落ちてしまった。すうすうと健やかな寝息と上下する胸を、玲司はいまだバクバク言っている心臓を落ち着かせながら見ている。
「あら~ん、残念」
「佳樹は黙って……」
「ふ~んだ。菊ぴーって意外とえこひいきするよね」
「佳樹の才能と、ある意味トップアイドルなところは認めてます」
「う~ん……」
腕の中の伊吹が鼻を鳴らした。頬をすりすりとこすりつけてくる伊吹を支えながら、玲司はこの、酔って甘える最年少をどうやって帰そうかと悩み始める。だが、アイドルグループのメンバーだとして、仮に一周年の時だったら、伊吹も酔った姿を晒したりはしないだろう。そもそも飲酒出来るようになったのが今年からなのはともかく、確実にメンバー内の絆が、そして自分への評価が上がる出来事が積み重なっての事故のようなものだと、玲司は無理矢理自分を納得させた。
BABYLONの八年目の幕開けは、そんな(玲司にとっての)波乱に満ちた物語だった。次は君との物語を紡ごう、と「菊川玲司」なら言いそうだと、玲司はうな垂れて伊吹の髪の香りを吸い込んだ。




