【Cruel】ヒビテツOnline特別回:俺、生まれました!
正直、Cruel全員でのラジオ出演はキツかった。毎週水曜日に四時間ほど設けられている生放送の番組内で、Cruelの出番はたったの二十分。それでも開始時刻から自分たちに与えられたコーナーのために、控え室で待機していなければならない。
それは運よく半年間で契約が切れ、事務所はメンバーそれぞれの体調なども思いやって、更新をしなかったらしい。代わりにと言うべきか何と言うか、九月から鉄朗個人のラジオ番組がスタートした。タイトルはそのまま『ヒビテツOnline』。鉄朗の親しみやすさを全面にフィーチャーしたそれは、すぐにCruelファン必聴となって、SNSのトレンドを賑わせることもあるほどだ。
「おはようございまーす」
生放送ではなくなったのと、Cruelデビューから半年以上が経ち、さすがの鉄朗もリーダーの風格が……あるはずはなく、いつも通りの「ヒビテツ」が歩いている。スタッフに軽く礼をして台本を開くと、そこには「ヒビテツ生誕祭」の文字が躍っていた。
「へっ、生誕祭?」
「そうそう。来週放送だからちょうど日比野くんのお誕生日が近いんだ。本人にばれないようにお便り集めるの、大変だった~!」
年の近いディレクターが寄ってきて、したり顔で台本の文字をなぞる。そして、間もなく収録がスタートするからと、ディレクターは終始笑顔で奥のブースに去っていった。
マイクの位置を整え、大きく息を吸って吐く。これを三回繰り返してからスイッチを入れるのが、鉄朗なりの心の準備だ。
『さぁ、本日もやって参りました! 「ヒビテツOnline」のお時間です。今日はね、スタッフさんに俺の誕生日を祝って頂けるってことで! ありがとうございます。えっ、でも、俺なにかやらされるんですか?』
スタッフのいるブースを振り返って反応を窺うが、全員にやにやしていて不安が募ってくる。そこに、先刻のディレクターがドアをノックする仕草をしながら入ってきて、デスクに数十通の手紙を置くと、指でOKマークを作って鉄朗の背後に控える。
『はい、まずはお便りのコーナーですね』
山から一通のハガキを選び出し、通信面に裏返してざっと目を通す。ちいさくころころとした女の子らしい文字が、カラフルなペンやシールでデコレーションされている。
『ヒビテツへ。誕生日おめでとう! 貴方の優しさは寄り添うようにじんわりと温かくて、自然とみんなを笑顔にしてくれる、Cruelを支える立派なリーダーだよ。今日は主役! 思い切り甘えて、美味しいもの食べて沢山祝われてね。これからも応援してます。記念すべきバースデーに乾杯! めめより』
内容から自分より年上だと見受けられるリスナーは、鉄朗の良いところを見抜くありがたいファンだった。思わずふっと笑みがこぼれ、鉄朗はいつも以上に声を張って、相手に見えやしないのに頭を下げる。
『おお~! めめさん、ありがとう! リーダーやらされるってなった時はどうしようかと思ったけど、そんな言葉に救われます! 続いて2通目』
言いながら次のハガキを取り出すと、今度は中央に集まった文字の周囲がハートマークで縁取られていた。それがこの番組の常連リスナーだと、ファン想いの鉄朗にはすぐにわかった。
『お誕生日おめでとう! ヒビテツが輝ける素敵な一年になりますように。ヒビテツ大好きだよ。これからもたくさん応援してくね!
これが本当に自分だけに届いたメッセージなのか、にわかには信じられない。だが、手紙の山をランダムに漁っていくつも読んだが、どれもお祝いの言葉や似顔絵などで彩られている。
『ともさんからですね。お~、ともさん! いつも応援ありがとう! ともさん、俺のアクスタ買ってくれたんだってね! きっともうじき届くから、そしたら俺のと並べてWヒビテツしたいね!』
興奮してどんどん早口になってしまい、咳払いを三度繰り返した。ともさんとは、Cruel結成前からの自分のファンで、BABYLONやLEVEL:Yのライブの隅っこでステップを踏んでいた鉄朗に声援を送ってくれた一番のファンだと認識している。初めて見た手作りのうちわ。主役のアイドルではなく、真逆の方向を向いて手を振ってくれる人に対し、鉄朗は恥ずかしいのと、気が動転したのとで、うまく返せなかった思い出がある。もちろん、そのファンに直接「ともさんですか?」と訊いたことはないのだが、キッズ時代も何度もラジオ宛てにプレゼントを送ってくれた彼女の筆跡は覚えている。
『そしてラスト。3通目です』
最後に選び出した一枚からは、シンプルだが強い愛情が感じられた。うっかり調子に乗ってしまうくらいには浮かれた鉄朗は、ハガキを両手で持って大きな声で読み上げた。
『誕生日おめでとうございます! これからも応援してます!! めっちゃ愛してる!!!』
この企画を立ち上げたというディレクターが寄ってきて、後ろから鉄朗をぎゅっと抱きしめた。いわゆる「あすなろ抱き」の状態だ。
『しのぐさんから。しのぐさんはね、俺の両親みたいなもんですからね。間違いなく最古参であり、俺を一番見てきてくれてると思います。ファンに優劣なんてないけど、本当にありがとう』
これがソシャゲなら、神引きを連発したことになり、鉄朗も信じられないという顔をして、ディレクターの腕を抱きしめ返しながら話す。ともさんと、そしてしのぐさん。しのぐさんは、デビュー前からデザイナーとしてCruelに関わっている大切なスタッフで、中でも鉄朗を推したいと言ってくれた人だ。
みんな水斗とりくを見る。この二人とは別の意味で目立っている桃丸と悠弥、そして一定数の人を惹きつける愛らしさの圭介と、あと一人。決して卑下するのではなく、自分はその一番「普通」で、あまり人の目に留まらないと思っていた。Cruelとしてデビュー出来たこと、水斗とりくと同じ画面に映るというのも大きいが、鉄朗の「ヒビテツらしさ」を愛してくれるファンもこんなにいるのだと、鉄朗はすでに最高の誕生日を迎えた実感にくちびるを震わせる。
「しのぐさんてひとりだよね? それなのに両親?」
「東村さん、余計なこと言わないでください」
ディレクターの東村との会話もしっかりと録音され、この回の放送時にはきっとトレンドに「ヒビテツ」の文字が舞うだろう。出来ればCruel六人で、多くの人を幸せにしたい。人気という意味でなく、自分がその中心人物でありたい。そうだ、俺はリーダーに向いているんだと、鉄朗はやっと胸を張れる気がした。
『今回ラジオでご紹介出来なかった分も、ぜんぶ持って帰って、可能な限りお返事を送ります! いやぁ~……、Cruelはみなちゃんあってのグループだと思ってた。俺もちゃんと必要なんだね。いていいんだね。いやいやっ、病んじゃいないよ! こうして個人のお仕事を通じて、ヒビテツファンの人と交流出来るのはすごくうれしい! みんな、これからもじゃんじゃんメールやお葉書送ってね!』
ところどころつっかえたが、最後は明るく爽やかな声で締めたつもりだった。まだあすなろ抱きを続けている東村が、ブースにサインを送っている。
『えっ、ええっ!? ああ、ラジオだからしゃべんないとわかんないや。スタッフさんがお花持って来てくれた~! ピンクベースの……何ですかこれ……、シクラメン? 十一月の誕生花……へえぇ。ありがとうございます』
鉄朗の真後ろに東村、左右に音声スタッフがつき、みな鉄朗を大事な子供のように抱きしめる。シクラメンは花束には向いていないのか、小さな鉢植えで持ち運びも慎重にならざるを得ないが、鉄朗はもらったシクラメンを、その花の命ある限り育てようと思った。
「ちょっとすみません、解放して」
バースデーサプライズを終えたスタッフたちが、それぞれの持ち場に戻って拍手を続けている。鉄朗はその音に包まれる居心地の良さを感じながら、マイクを口のそばまで持って来て息を吸う。
『あ~、なんだろ。どう言えばいいんだろ。俺、Cruelになってよかったです。早くまたみんなに直接会いたい』
夏のツアーは、全三十公演と長かった。冬は年末年始の十二公演で、会場も東名阪と限られている。当然チケットの倍率も高く、ファンクラブ名義は「確保済み」のものがすでにオークションや転売サイトで取引されているようだ。
そういう動きを見て、水斗はさらにやる気が出るようで、他のメンバーの何倍も自主トレに励んでいた。自分も水斗のような大胆さが必要だと思うことも多いのだが、どうも性に合わないらしく、その跳ね上がった金額に萎縮してしまう。
運よく、もしくは高価なチケットを手にした彼女たちを満足させるステージを、これからずっと提供し続けるのだ。それぞれにプレッシャーがある中、鉄朗のそれは「リーダー」の肩書きもあって大きいが、そのぶん「やってやろう」という気持ちの変化があることに自分で驚いている。
『そうだ、今日はヒビテツ生誕祭でお便りが先になってたね。曲をかけよう。もちろんCruelで、「キミトボクノミライ」』
ロックテイストなJ-POPでデビューしたCruelには珍しい、アコースティックが美しいバラード曲だ。途中までは愛の告白と見せかけて、悲恋で終わる歌詞なのだが、鉄朗はその厨二っぽさが好きなのだった。
『「ヒビテツOnline」ッ、まだまだ続きます! 一旦CMです!』
マイクを切って、ふぅ~っと腹の底から息を吐き出し、デスクに突っ伏して泣いた。俺は愛されてる。俺は必要なメンバーだ。リーダーは俺しかいない。Cruel結成、デビュー、そして今の今まで、常に水斗のバックを務めているような、そんな虚しさが確かにあった。りくとはどう接していいかわからないが、水斗はいつも、誰とでもペースを崩さず、水斗との仕事はやりやすい。水斗の才能と個性はもちろん認めているし、水斗のことが好きだ。だからそのぶん、感情のバランスがうまく取れずにいた。
今回の企画で感じたのは、素直に嬉しいという気持ちと、リーダーの自覚を持つことだった。自分で「名ばかりの」などとふざけない。見ていてくれる人はたくさんいる。冬のライブではもっと積極的に意見し、より良いものをみんなに届けよう。そう胸を叩いて顔を上げると、デスクには自分の涙の染みが出来ていた。
「ちゅーっす、『ピザッチュ』の配達で~す」
開け放されていたドアに人影が映ったかと思うと、その正体はまさしく水斗だった。顔より先に声でわかった鉄朗は、横目でマイクがオフになっているのを確認してから人影を指差す。
「み、みみみみなちゃん!?」
「そうだよ、みみみみなちゃんだよ。ヒビテツってボイパ出来るんだっけ」
「いや、出来ないけども! なんでみなちゃんがここに!?」
「だから配達だっつってんじゃん」
大げさにのけ反ると椅子がくるくると回り、また水斗の顔が見えるところで止まった。水斗は黒いショルダーバッグからピザがプリントしてある紙を取り出して鉄朗に渡し、もう一つの椅子を持ってきて、当然のように座った。
「なに? 何? 俺の身に何が起きてるの?」
「サプラ~イズはなにもヒビテツにだけじゃないってハナシよ」
水斗が腕を上げ、何やら東村にサインを送っているようだ。そして混乱する鉄朗を無視してマイクのスイッチを入れると、いつもより色っぽい低音イケボを流し込む。
『「ヒビテツOnline」をお聴きの皆さん、こんばんは。結城水斗です』
『いやいや、死人出ちゃうからさ、みなちゃん!』
『今日はヒビテツ生誕祭! ヒビテツが生まれたことってほんとにめでたいよな』
『聞いて! そしてなんとなくバカにされた感じぃぃ』
CM明け、突然水斗の声から始まって、思わず叫んでしまった者、心臓を射抜かれた者もいるだろう。そしてこのあと、水斗がどう番組を展開していくか気が気でない鉄朗だが、やはり水斗の隣は、とても居心地がよかった。
『みんな歌えるよな? じゃあはい、せーの、Happy Birthday to you』
『はっぴばーすでーとぅゆー』
『Happy Birthday Dear Hibitetsu』
水斗の凛々しく男っぽい容姿に、声に、歌に、すべてに心を持っていかれた。水斗のファンや、Cruelの箱推しざまあみろ、などとさっきとは一転、彼女たちより明らかに上に、メンバーとして彼といられる自分が誇らしく思えた。水斗の歌を聴くと、なぜだか泣き出しそうになる。鉄朗はまぶたに浮かんだ涙が零れ落ちないよう注意しながら、番組スタッフの手の込んだサプライズに感動する。
『いよっ、ヒビテツおめでとう!』
『ありがとうっ! ていうかみなちゃん、オフだった? 個人の仕事は?』
『ん~……、まぁな。なんとか。仕事は後回しに出来ても、ヒビテツの誕生日は、一年に今日だけじゃん?』
『ア、アリガトゴザマスタ』
どう感謝を述べたらいいか悩んでしまい、ひとまず外国人のカタコトの日本語みたいにしゃべってお茶を濁した。水斗とよく話をするようになったのは、Cruel結成後からだが、事務所が強烈に推している「みなりくコンビ」よりも、「みなてつ」の方が、プライベートで一緒にいる機会も多い。そうだ、みなてつの大勝利なんだと、意味不明な自信がすわってくるのを感じる。
『じゃあ、誕生日。初心に帰るってことで、曲目は?』
『そう。ではお聴きください。Cruelで、「Claw」』
デビューが決まってからセカンドシングルが発売される五月まで、歌番組では『Claw』を歌い尽くした。鉄朗にすれば寝耳に水、唐突に聴かされたデビューと、そしてリーダーという役割だったが、自分と、そしてきっと水斗にとっても『Claw』は大切なデビュー曲だ。
受け取ったまま見てもいなかったピザに目を落とすと、メンバーからのバースデーメッセージで埋め尽くされていた。やめてよもう、とガチ泣きしそうになる鉄朗の鼻をぎゅっとつまみ、水斗は満足げに微笑む。
「自信持てよ」
水斗が鉄朗の涙を指で拭いながら言う。Cruelは水斗とりくを売り出すためのグループで、リーダーになってしまった自分は、一歩引いたところからメンバーをまとめるという役割。それ以上でもそれ以下でもないと思っていた。
だが水斗は、自信を持てと言う。もちろん、人気という意味では一生水斗に敵うはずはないだろう。同じでなくていい。むしろ、違った個性をファンは愛してくれているのだ。たとえたった一人だけでも、そのファンのために自信を持ちたい。そして、水斗と肩を並べてCruelを長く続けていくのだと、鉄朗は大きく頷いた。
「みなちゃん、このあと時間ある?」
「あるよ。高ぇけどな」
「誕生日の締めくくりは、みなちゃんを独り占めってことでおけ?」
「俺の声で昇天するか?」
「します、します」
もうじき『Claw』を流し終わる。水斗と鉄朗の漫才を期待しているリスナーに、何を言おう。どんな声を届けよう。
やっと解放された鼻を何度かすすり、鉄朗は水斗と一緒にマイクの前に乗り出す。Cruelになってよかった、そう心から思える日が増えていくことを願い、厚紙で出来たピザをぎゅうっと抱きしめた。




