第18話 陶の温もりと土のささやき
馬車の車輪が山間の石畳の道を進む音が、静かな風に溶け込む。霧湖の里を後にして数日、リオは山間に広がる陶芸村『土焼の里』にたどり着いていた。窯の煙が立ち上り、土の香りと焼けた陶器の温かさが漂う集落は、穏やかなものづくりの雰囲気に満ちている。
「ルッカ、土の匂いがいいね。風も土も、優しく語りかけてくるよ」
リオは愛馬ルッカの首を撫で、荷台を確認した。霧湖の里の干し魚と網の飾り、織川の里の彩草染めの布、霧茶の里の茶葉が積まれている。リオの共感覚――虫の声に加え、自然界の要素(土、風、水など)のささやきを音や感覚で感じ取る能力――が、山の空気の中で深く響く。窯のそばを舞う霧蝶が柔らかな波動で囁く。「この村、温かいけど、誰かが少し悩んでるよ」土がリオに直接ささやく。「火が…強すぎて…ひびが入る」
リオは馬車を村の小さな広場に停め、交易の準備を始めた。自然の声が、どんな出会いを導くのか楽しみだった。
広場には、陶器や土器が並ぶ小さな市場があった。陶芸家たちが作品を手に静かに語り合い、子供たちが土をこねて遊んでいる。リオはハーブと染め布の屋台を出し、穏やかな声で呼びかけた。
「ハーブや染め布、いかがですか? 癒しのお茶や飾りにどうぞ」
すると、陶器の皿を持った少年が近づいてきた。年の頃は17歳くらい、土まみれの手と少し落ち込んだ目が印象的だ。霧蝶が少年のそばを飛び、波動で囁く。「この子、陶芸で悩んでる。作品にひびが入って、師匠に叱られてる」風がリオにそっとささやく。「窯の風…調整が必要だよ」
「こんにちは。リオ、旅の商人だよ。陶器、きれいな形だね」
少年は少し照れながら答えた。「俺、タクミ、陶芸見習いさ。ハーブ、いい匂いだな…でも、最近作品にひびが入って、師匠に怒られちゃって…」
タクミの声に、霧蝶が波動を送る。「彼、師匠の技術を継ぎたいんだ。土が火を教えてるよ」リオは微笑み、タクミに提案した。
「タクミ、陶芸のこと、ちょっと手伝えるかも。窯、見に行ってみない?」
タクミは目を丸くしたが、リオの穏やかな声に安心したようで頷いた。「本当? 助かるよ、リオ!」
その午後、リオとタクミは窯のある工房へ向かった。ルッカは広場で休み、風がそっと工房の周りを吹き抜ける。窯の火は強く、焼かれた陶器にひびが入っている。土がリオにささやく。「火が熱すぎる…少し弱めてほしい」風が加わり、「煙の流れを整えると、熱が均等になるよ」と導く。
「タクミ、窯の火が強すぎてひびが入ってるみたい。煙の流れを調整してみよう」
リオの言葉に、タクミは驚きながらも窯の煙突に手を加えた。火を弱め、風の流れを整えると、陶器のひびが減り始めた。霧蝶がタクミのそばを飛び、波動で伝えた。「彼、師匠の誇りを守りたいんだ。作品がうまくいくと、自信が戻るよ」
リオはさらに、土のささやきを頼りに近くの「粘土草」を見つけ、タクミに渡した。「この草を土に混ぜると、陶器が強くなるよ」
タクミは目を輝かせ、土をこね直した。「これ、すごい! 師匠にも見せたい!」リオはそっと尋ねた。
「タクミ、陶芸って大事なんだね」
タクミは頷き、笑顔を見せた。「うん、師匠が教えてくれた技術、俺の夢なんだ。最高の陶器を作って、村を誇りにしたい!」
リオは微笑み、ハーブの入った布袋を渡した。「これ、カモミール。窯の後で飲むと、落ち着くよ」
タクミは笑顔で受け取り、目を輝かせた。「ありがとう、リオ! 陶芸、もっと頑張るよ!」
そのとき、風が急に強まり、霧蝶が警告の波動を送った。「気をつけて! 窯の近くに小動物が!」「土が動くよ」と土がささやく。リオは素早くタクミを庇い、ミントを手に振った。風が香りを広げ、小動物は遠ざかった。
「リオ、なんでそんなこと分かったの? 土と風と話してるみたい!」タクミが驚いた。
「自然の声に、ちょっと耳を傾けただけ」リオは笑ってごまかした。
数日後、窯から焼かれた陶器はひびなく美しく輝き、市場が活気づいた。村人たちが新しい作品を喜び、陶芸の伝統が光った。最終日、リオはタクミの工房で夕食をごちそうになった。陶器の皿に盛られたスープとパンが並び、土の香りが漂う。
「リオ、陶器がうまく焼けて師匠も喜んでる! ありがとう!」
タクミの声に、土がそっとささやく。「感謝が…里に響いてるよ」霧蝶はタクミの笑顔を波動で伝える。「彼、夢に近づいたよ」
「よかった。タクミの陶器、また見に来るよ」
翌朝、リオは馬車に新しい荷物――タクミからもらった陶器の杯と粘土草――を積み込んだ。村人たちが手を振る中、風が囁く。「この村、温かかったね。次の道も安全だよ」
「行こう、ルッカ。次の町へ」
土の温もりと自然の声を背に、少年商人の旅は続く。