第16話 織物の色と川の流れ
馬車の車輪が川と森の間の道を進む音が、水のさざ波と木々のざわめきに溶け込む。霧茶の里を後にして数日、リオは川と森に囲まれた小さな村『織川の里』にたどり着いていた。薬草の香りと織物の色鮮やかな布が風に揺れる集落は、穏やかなものづくりの空気に満ちている。
「ルッカ、川の流れが心地いいね。自然の声も、虫たちの囁きも、なんだか優しく響いてる」
リオは愛馬ルッカの首を撫で、荷台を確認した。霧茶の里の茶葉と茶器、蜜花の里の蜂蜜の瓶、輝岩の里の青輝石が積まれている。リオの共感覚――異世界の虫の声や意志に加え、自然界の要素(木々、川、土など)の声を音や感覚で感じ取る能力――が、村の空気の中で多層的に響く。川辺を舞う霧蝶が柔らかな波動で囁く。「この里、温かだけど、誰かが少し悩んでるよ」川の流れがリオに直接ささやく。「色が…薄い…草の力が足りない」
リオは馬車を村の広場に停め、交易の準備を始めた。新たな自然の声が、どんな出会いを導くのか楽しみだった。
広場には、染められた布や薬草の袋が並ぶ市場があった。織り手たちが糸車を回し、子供たちが布で遊んでいる。リオはハーブと茶葉の屋台を出し、穏やかな声で呼びかけた。
「ハーブや茶葉、いかがですか? 癒しのお茶や染めの助けにどうぞ」
すると、染料の入った壺を持った少女が近づいてきた。年の頃は16歳くらい、布の袖に染みのついた手と真剣な目が印象的だ。草露虫が少女の周りを飛び、リオに囁く。「この子、染めの色で悩んでる。草の力が弱くて、布の色が薄いんだ」さらに、近くの木々がリオにざわめく。「川の水が、染料を洗い流してるよ」
「こんにちは。リオ、旅の商人だよ。布、きれいな色だね」
少女は少し疲れた笑顔で答えた。「私はアヤ、織り手見習いさ。ハーブ、いいね…でも、最近染めの色が薄くて、村の布が売れなくて…」
アヤの声に、霧蝶が波動を送る。「彼女、村の伝統を守りたいんだ。川の流れが染料を弱めてるよ」リオは微笑み、アヤに提案した。
「アヤ、染めのこと、ちょっと手伝えるかも。川と草、見に行ってみない?」
アヤは目を丸くしたが、リオの穏やかな声に安心したようで頷いた。「本当? 助かるよ、リオ!」
その午後、リオとアヤは川辺の染め場へ向かった。ルッカは広場で休み、馬車には鉄甲蜂が警戒しながら飛び回る。染め場では、布が川の流れで洗われているが、色がにじんでいる。クリスタルバグが光を放ち、リオに囁く。「川の流れが速いよ。染料の草、森の奥に強いものがある」川の水がリオにささやく。「流れを緩めて…石を取ってほしい」
「アヤ、川の流れが染料を洗い流してるみたい。石を少し動かして、流れを緩めよう」
リオの言葉に、アヤは驚きながらも手伝った。石を動かすと、流れが穏やかになり、草露虫の案内で森の奥の「彩草」を見つけた。「この草、染料の色を強くするよ」リオとアヤは彩草を摘み、染め直した布の色は鮮やかになった。
霧蝶がアヤのそばを飛び、波動で伝えた。「彼女、村の布を誇りに思ってる。伝統を継ぐのが夢だよ」リオはそっと尋ねた。
「アヤ、織物って村の宝なんだね」
アヤは頷き、目を輝かせた。「うん、おばあちゃんから教わったの。きれいな布で、みんなを幸せにしたい!」
リオは微笑み、ハーブの入った布袋を渡した。「これ、カモミールとミント。染めの後に使って、リラックスしてね」
アヤは笑顔で受け取り、目を輝かせた。「ありがとう、リオ! 布、絶対きれいにするよ!」
そのとき、鉄甲蜂が鋭い警告音を立てた。「気をつけて! 川に魚の群れが来てる!」リオは素早くアヤを庇い、ミントを手に振った。草露虫が匂いを広げると、魚の群れは穏やかに流れた。
「リオ、なんでそんなこと分かったの? 川と話してるみたい!」アヤが驚いた。
「自然の声に、ちょっと耳を傾けただけ」リオは笑ってごまかした。
数日後、染め直した布は鮮やかな色を取り戻し、市場が活気づいた。村人たちが新しい布を喜び、伝統の織物が輝いた。最終日、リオはアヤの家で夕食をごちそうになった。薬草のスープと染め布の包みが並び、川の香りが漂う。
「リオ、布が売れて村も元気になった! ありがとう!」
アヤの声に、クリスタルバグが光り、「本当の感謝だよ」と囁く。霧蝶はアヤの笑顔を波動で伝える。「彼女、夢に近づいたよ」
「よかった。アヤの布、また見に来るよ」
翌朝、リオは馬車に新しい荷物――アヤからもらった彩草染めの布と薬草の袋――を積み込んだ。村人たちが手を振る中、鉄甲蜂が囁く。「この里、色鮮やかだったね。次の道も安全だよ」
「行こう、ルッカ。次の町へ」
川の流れと自然の声を背に、少年商人の旅は続く。