第14話 蜂蜜と花の香り
馬車の車輪が森の柔らかな土の道を進む音が、花の香りと混ざり合う。輝岩の里を後にして数日、リオは森の中に広がる養蜂の村『蜜花の里』にたどり着いていた。野花が咲き乱れ、蜂の羽音が響く集落は、甘やかな温かさに満ちている。
「ルッカ、蜂蜜の匂いがいいね。虫たちも花の間で楽しそうに飛んでるよ」
リオは愛馬ルッカの首を撫で、荷台を確認した。輝岩の里の青輝石と岩守草、川工の里の木の小箱、風草の里の羊毛の布が積まれている。リオの共感覚――異世界の虫の声や意志を音や感覚で感じ取り、対話する能力――が、森の空気の中で軽やかに響く。花の上を舞う霧蝶が柔らかな波動で囁く。「この村、甘いけど、誰かが少し困ってるよ」草むらを這うクリスタルバグはキラキラ光り、「蜂の巣が元気なくて、蜂蜜が減ってる」と教えてくれる。
リオは馬車を村の小さな広場に停め、交易の準備を始めた。虫たちの声が、どんな出会いを導くのか楽しみだった。
広場には、蜂蜜や花の工芸品が並ぶ市場があった。養蜂家たちが瓶を手に笑い合い、子供たちが花冠をかぶって遊んでいる。リオはハーブと青輝石の屋台を出し、穏やかな声で呼びかけた。
「ハーブや小さな宝石、いかがですか? 癒しのお茶や飾りにどうぞ」
すると、蜂蜜の瓶を持った少女が近づいてきた。年の頃は14歳くらい、花柄のスカーフと明るい笑顔が印象的だ。草露虫が少女の周りを飛び、リオに囁く。「この子、蜂のことで悩んでる。蜂蜜が減って、村が心配なんだ」
「こんにちは。リオ、旅の商人だよ。蜂蜜、美味しそうだね」
少女は笑顔で答えた。「私はミナ、養蜂家の娘! ハーブ、いい匂いだね…でも、最近蜂が元気なくて、蜂蜜が全然取れないの…」
ミナの声に、霧蝶が波動を送る。「彼女、蜂を家族だと思ってる。花が減って、蜂が困ってるよ」リオは微笑み、ミナに提案した。
「ミナ、蜂のこと、ちょっと手伝えるかも。花の場所、探しに行ってみない?」
ミナは目を輝かせ、すぐに頷いた。「本当? うれしい! 行こう、リオ!」
その午後、リオとミナは森の奥へ向かった。ルッカは広場で休み、馬車には鉄甲蜂が警戒しながら飛び回る。森の花畑は一部が萎れ、蜂の羽音が少ない。クリスタルバグが光を放ち、リオに囁く。「新しい花畑、森の奥にあるよ。蜂がそこに集まってる」草露虫が囁く。「蜜花草、蜂が大好きな花だよ。奥にたくさんある」
「ミナ、森の奥にいい花畑があるみたい。蜂、そっちにいるかも」
リオの言葉に、ミナは驚きながらもついてきた。森の奥には、色とりどりの蜜花草が咲き乱れ、蜂が元気に飛び回っていた。「すごい! 蜂、こんなに元気!」ミナは笑顔で蜂の巣箱を手に近づいた。
そのとき、霧蝶がミナのそばを飛び、波動で伝えた。「彼女、蜂と一緒に育ったんだ。蜂蜜が村の笑顔を作るって信じてるよ」リオはそっと尋ねた。
「ミナ、蜂って特別なんだね」
ミナは少し照れながら頷いた。「うん、父さんとおじいちゃんから教わったの。蜂蜜って、村のみんなを幸せにするんだ。私も、最高の養蜂家になりたい!」
リオは微笑み、ハーブの入った布袋を渡した。「これ、ミントとカモミール。花畑に植えると、蜂がもっと元気になるよ」
ミナは笑顔で受け取り、目を輝かせた。「ありがとう、リオ! 蜂蜜、たくさん作るよ!」
そのとき、鉄甲蜂が鋭い警告音を立てた。「気をつけて! 森に小動物の気配!」リオは素早くミナを庇い、ミントを手に振った。草露虫が匂いを広げると、小動物の気配は遠ざかった。
「リオ、なんでそんなこと分かったの? まるで蜂と話してるみたい!」ミナが驚いた。
「虫の友達にちょっと教えてもらっただけ」リオは笑ってごまかした。
その夜、リオはミナの家で夕食をごちそうになった。蜂蜜を添えたパンとスープが並び、花の香りが漂う。ミナの家族が感謝の言葉を重ねた。
「リオ、蜂が元気になって蜂蜜が戻った! ありがとう!」
ミナは笑顔で言った。「リオ、最高! また蜂蜜食べに来てね!」
「うん、約束する。ミナの蜂蜜、楽しみにしてるよ」
クリスタルバグが光り、「本当の感謝だよ」と囁く。霧蝶はミナの笑顔を波動で伝える。「彼女、蜂との未来にワクワクしてるよ」
翌朝、リオは馬車に新しい荷物――ミナからもらった蜂蜜の瓶と花の種――を積み込んだ。村人たちが手を振る中、鉄甲蜂が囁く。「この村、甘かったね。次の道も安全だよ」
「行こう、ルッカ。次の町へ」
蜂蜜の香りと虫たちの声を背に、少年商人の旅は続く。