第12話 工芸の村と木の声
馬車の車輪が川沿いの石畳の道を進む音が、水のせせらぎと響き合う。風草の里を後にして数日、リオは川辺に広がる工芸の村『川工の里』にたどり着いていた。木造の家々と工房が並び、木槌の音やノミの響きが漂うこの村は、ものづくりの温かさに満ちている。
「ルッカ、職人さんの音、なんだか心地いいね。虫たちも楽しそうに飛んでるよ」
リオは愛馬ルッカの首を撫で、荷台を確認した。風草の里の羊毛の布と乳チーズ、果香の丘のリンゴのジャム、湖鏡の村の魚の干物が積まれている。リオの共感覚――異世界の虫の声や意志を音や感覚で感じ取り、対話する能力――が、川の空気の中で澄んだ音を響かせる。工房の屋根に舞う霧蝶が柔らかな波動で囁く。「この村、賑やかだけど、誰かが少し悩んでるよ」木の柵を這うクリスタルバグはキラキラ光り、「木材に問題があるよ」と教えてくれる。
リオは馬車を村の広場に停め、交易の準備を始めた。虫たちの声が、どんな出会いを導くのか楽しみだった。
広場には、木工品や陶器が並ぶ小さな市場があった。職人たちが作品を手に笑い合い、子供たちが木の玩具で遊んでいる。リオはハーブと羊毛の布の屋台を出し、穏やかな声で呼びかけた。
「ハーブや羊毛の布、いかがですか? 癒しのお茶や温かな服にどうぞ」
すると、木の板を抱えた少年が近づいてきた。年の頃は16歳くらい、木屑まみれの服と真剣な目が印象的だ。草露虫が少年の周りを飛び、リオに囁く。「この子、木工で悩んでる。木材の質が悪くて、作品がうまくいかないんだ」
「こんにちは。リオ、旅の商人だよ。木工品、かっこいいね」
少年は少し照れながら答えた。「俺、タイセイ、木工職人見習いさ。ハーブ、いい匂いだな…でも、最近木材に虫食いがあって、師匠に怒られちゃって…」
タイセイの声に、霧蝶が波動を送る。「彼、師匠の期待に応えたいんだ。いい木材、川の上流にあるよ」リオは微笑み、タイセイに提案した。
「タイセイ、木材のこと、ちょっと手伝えるかも。川の上流、行ってみない?」
タイセイは目を丸くしたが、リオの穏やかな声に安心したようで頷いた。「マジ? 助かるよ、リオ!」
その午後、リオとタイセイは川の上流へ向かった。ルッカは広場で休み、馬車には鉄甲蜂が警戒しながら飛び回る。川の上流は木々が密に生い茂り、良質な木材が眠っている。クリスタルバグが光を放ち、リオに囁く。「この木、虫食いがなくて丈夫だよ」草露虫が囁く。「川の土に、木を強くする草もあるよ」
「タイセイ、この木、良さそうだよ。虫食いもないみたい」
リオの言葉に、タイセイは木を確かめ、目を輝かせた。「本当だ! これなら最高の作品作れる!」リオはさらに、草露虫の案内で「樹力草」を見つけ、タイセイに渡した。「これ、土に混ぜると木がもっと強くなるよ」
そのとき、霧蝶がタイセイのそばを飛び、波動で伝えた。「彼、師匠に認められるのが夢。いい木材で自信が戻ってきたよ」リオはそっと尋ねた。
「タイセイ、木工って大事なんだね」
タイセイは少し照れながら頷いた。「うん、師匠が教えてくれた木工、俺の誇りなんだ。いつか、師匠を超える作品作りたい!」
リオは微笑み、ハーブの入った布袋を渡した。「これ、カモミール。作業の後に飲むと、落ち着くよ」
タイセイは笑顔で受け取り、目を輝かせた。「ありがとう、リオ! 木工、もっと頑張るよ!」
そのとき、鉄甲蜂が鋭い警告音を立てた。「気をつけて! 川の近くに獣の気配!」リオは素早くタイセイを庇い、ミントを手に振った。草露虫が匂いを広げると、獣の気配は遠ざかった。
「リオ、なんでそんなこと分かったの? すげえよ!」タイセイが驚いた。
「虫の友達にちょっと教えてもらっただけ」リオは笑ってごまかした。
その夜、リオはタイセイの工房で夕食をごちそうになった。木の香りが漂う中、野菜のスープとパンが並ぶ。タイセイの師匠が感謝の言葉を重ねた。
「リオ、いい木材のおかげでタイセイの作品が輝いたよ。ありがとう!」
タイセイは笑顔で言った。「リオ、最高! また工房に来てな!」
「うん、約束する。タイセイの作品、楽しみにしてるよ」
クリスタルバグが光り、「本当の感謝だよ」と囁く。霧蝶はタイセイの笑顔を波動で伝える。「彼、夢に近づいたよ」
翌朝、リオは馬車に新しい荷物――タイセイからもらった木の小箱と樹力草――を積み込んだ。村人たちが手を振る中、鉄甲蜂が囁く。「この村、温かかったね。次の道も安全だよ」
「行こう、ルッカ。次の町へ」
川のせせらぎと虫たちの声を背に、少年商人の旅は続く。