第1話(リブート版)
リオ、15歳。彼には、この異世界アルテシアで特別な力があった。異世界の虫たちの声や意志を、共感覚を通じて感じ取り、対話できる能力だ。光を放つクリスタルバグの囁きは澄んだ鈴の音のように、記憶を運ぶ霧蝶の羽音は柔らかな波動のように、薬草を知る草露虫の動きは穏やかなリズムのように、リオの心に響く。この力は時に彼を疲れさせたが、ふるさとの村の人々はそんなリオを温かく受け入れてくれた。
両親を亡くし、馬車と愛馬ルッカを継いだリオは、ある日、村を出る決心をした。交易の旅に出て、未知の土地や人々に出会いたい――虫たちの声が、広い世界へ彼を誘っていた。
「行ってきます」
馬車の手綱を握り、リオは村の門前で小さく頭を下げた。集まった村人たちが、口々に声をかける。
「リオ、気をつけてな!」 「何かあったら帰っておいで!」 「ハーブ、ちゃんと売れよ!」
リオは穏やかな笑みを返した。その笑顔には、虫たちの声が寄り添っている。門の近くに止まるクリスタルバグが光りながら囁く。「みんな、君を応援してるよ。心配もあるけど、信頼してる」
「ありがとう、大丈夫。…行けるよ」
リオの落ち着いた声に、村人たちの顔が和らぐ。15歳とは思えないその穏やかさは、虫たちの声が彼に安心をくれるからだ。
ルッカが軽く嘶き、馬車の車輪がゆっくり回り出す。リオは振り返り、村を一望した。両親との思い出、村人たちの笑顔、すべてが胸に刻まれている。だが、霧蝶がそっと飛んできて、柔らかな波動で伝えた。「新しい出会いが待ってる。行こう、リオ」
荷台には交易品――ハーブ、織物、簡単な生活道具。そして、虫たちとの絆と、旅への夢。
「じゃあ、行こうか、ルッカ」
リオは手綱を軽く引き、村を後にした。草露虫が馬車の脇を飛び、「いい道だよ」と囁く。少年商人の旅が、今、始まる。
旅の初日、リオは森の入り口にたどり着いた。木々の間を抜ける小道には、草花が揺れ、虫たちの声が響く。クリスタルバグが光を放ち、「この道、安全だよ」と教えてくれる。リオは馬車を止め、荷台からハーブを取り出し、匂いを確かめた。
そのとき、道の脇で小さな泣き声が聞こえた。見ると、10歳くらいの男の子が座り込んでいる。膝を擦りむき、持っていた籠から野草がこぼれている。霧蝶が少年のそばを飛び、リオに囁く。「この子、迷子だよ。家に帰りたいけど、道がわからないんだ」
リオは少年に近づき、穏やかに声をかけた。
「ねえ、大丈夫? 名前は?」
少年は涙目で答えた。「…タク。薬草取りに来たけど、道に迷っちゃって…」
リオは微笑み、荷台からハーブの入った布袋を取り出した。「これ、匂い嗅いでみて。落ち着くよ」
タクがハーブの香りを吸うと、少し顔が和らいだ。リオは草露虫にそっと尋ねた。「近くに村はある? タクの家、わかる?」
草露虫が小さな音を立て、草の間を飛びながら道を示す。「この先、川沿いに村があるよ。タクの家、そこだ」
「タク、僕についておいで。家まで送るよ」
リオは馬車にタクを乗せ、草露虫の案内で川沿いの村へ向かった。道中、霧蝶がタクの記憶を運び、「お母さんが心配してる」と伝える。リオはタクに優しく話しかけ、怖がる心を和らげた。
村に着くと、タクの母親が駆け寄ってきた。「タク! よかった、無事で!」彼女の声に、クリスタルバグが光り、「本当の喜びだよ」とリオに囁く。
「リオ、ありがとう! あなた、旅の商人なの?」
「うん、ただの商人だよ。ハーブや織物、興味ある?」
母親は感謝のしるしに、村の特産である蜂蜜と木の実をリオにくれた。タクは照れながら言った。「リオ、かっこいい! また来てね!」
「約束するよ。タクも、気をつけて薬草集めるんだよ」
リオは笑顔で答え、馬車に新しい荷物を積んだ。鉄甲蜂がそっと飛んできて、「この村、いい人たちだね」と囁く。リオは頷き、ルッカに合図を送った。
「行こう、ルッカ。次の町へ」
森の虫たちの声を聞きながら、少年商人の旅は続く。