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第五節「アキレス神殿での邂逅

 アーラ地区の外郭に足を踏み入れた瞬間、一行の背筋に冷たいものが走った。

 かつて都市であったはずの場所はすでに廃墟と化し、瓦礫と石畳の裂け目からは瘴気のような靄が立ち上っている。建物の壁には無数の傷跡が残り、まるで大地そのものが戦場であったことを物語っていた。

 中心にそびえるのは、異様な存在感を放つ巨大な神殿だった。黒ずんだ石で築かれ、天を突く塔は半ば崩れかけているにもかかわらず、どこか荘厳な美を保っていた。だがその美は死の気配を孕んだもの――近づくだけで、肌を刺すような緊張が走る。

 「……ここか」

 リューが剣に手をかけ、低く呟いた。

 ヨハンは周囲の空気を感じ取り、眉をひそめる。「瘴気ではない。……これは呪いの濃度だ。ロサンジェラを蝕んでいる印と、同じ響きがする」

 仲間たちは一歩ずつ石段を上り、重い扉を押し開けた。

 内部は静寂に満ちていた。

 巨大な円形の広間。天井は高く、崩れた隙間から月明かりが差し込んでいる。その光に照らされ、異様な光景が広がっていた。

 壁際には美しいガラスの棺がずらりと並び、その中には若い女性たちの亡骸が眠っていた。どの顔も安らかな微笑を浮かべ、まるで生きているかのように美しい。魔力によって腐敗が防がれ、彫像のように保存されている。

 その異様さに、ザックが息を呑んだ。「……なんだ、これは……」

 ヨハンは険しい表情で告げる。「触れるな。これは……標本だ」

 広間の奥、玉座のような石の椅子にひとりの男が座していた。

 金色の鎧を纏い、長い髪を背に流す。その姿はまさしく英雄――だが瞳には異様な光が宿り、周囲の死体の棺に向けて穏やかに語りかけている。

 「……お前は、今日も美しいな。永遠に変わらぬその笑顔。そうだろう?」

 仲間たちの足音に気づくと、男――アキレスはゆっくりと顔を上げた。

 その眼差しは凍りつくように冷たく、しかしどこか幸福そうな色を帯びていた。

 「来たか……」

 彼は悠然と立ち上がり、ゆっくりと歩みを進める。その歩みだけで空気が重く圧し掛かり、広間全体が軋むように揺れた。

 「私を傷つけようなど、無駄だ」

 低く響く声が、神殿の壁に反響する。

 「お前たちにできることは一つ。……私の娘を、ここへ連れてくることだ」

 「娘……?」リューが眉をひそめる。

 アキレスは嘲笑を浮かべる。「そうだ。彼女をここへ。そうすれば、永遠に私のものとなる」

 ザックが堪えきれずに吠えた。「ふざけんなっ!」

 次の瞬間、彼は全身の力を込めてアキレスへ突進し、渾身の拳をみぞおちに叩き込んだ。

 衝撃は確かに伝わった。だが――。

 アキレスは微動だにしなかった。

 むしろ次の瞬間、倍以上に膨れ上がった衝撃がザック自身を吹き飛ばし、リューや仲間たちを襲った。

 「ぐっ……!」

 壁に叩きつけられ、全員が呻きを漏らす。

 何が起きたのか理解できぬまま、リューは剣を抜こうとした。だがグラムが低く告げる。

 「……やめておけ、リュー。ワシでは斬れぬ」

 アキレスはその剣を一目見ると、懐かしむように、そして侮蔑を込めて笑った。

 「ほう……グラムか。懐かしいな。よく恥辱を呑んで、まだ存在しているものだ」

 リューが険しい眼差しで問いかける。「お前に斬れないものはないはずだろう?」

 「……奴は違う」グラムは悔しげに応える。「切れるはずが切れぬ。あの肉体は理の外にある」

 アキレスは両腕を広げ、広間全体を支配するように声を響かせた。

 「剣でも拳でも弓でも魔法でも……何でも構わぬ。好きなだけ攻撃してみるがいい。君たちが死ぬまで、永遠にな」

 その声は凍りつくように冷たく、同時に恍惚にも似た響きを帯びていた。

 かつて英雄と呼ばれた男――今は狂気に支配された王者。

 アキレスとの戦いが、ついに幕を開けた。

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