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第三節「蒼穹賢召喚」

 研究所の最奥、因果演算柱が重々しい唸りを上げていた。

 幾何学模様の水晶柱が幾重にも組み合わさり、青白い脈動を放つたびに、空間そのものが震える。

 ここはゼノンが管轄する「基底研究所」。ノア世界と現実世界の因果を結ぶ、最深部の接点だった。

 その静寂を破るように、古びた通信装置がかすかな光を灯す。

 「……ゼノン、聞こえるか」

 掠れた声が水晶球から響いた。ザギの声だ。

 ゼノンは目を開け、応じた。

 「聞こえている。ザギ、状況は把握している」

 「なら話は早い。ヨハンを呼べ」

 その言葉に、ゼノンは小さく頷いた。

 「……やはり同じ結論か。彼女を救うには、彼しかいない」

 「そうだ。回復魔法の熟練者は他にもいる。だが、彼は違う。医師として、何千という命の生死を見てきた。その冷静さと執念が、呪いを突破する鍵になる」

 ゼノンは制御盤に手を走らせ、因果演算の値を読み込む。

 「召喚は不確実だ。誰を呼べるかは完全には制御できない。だが、ヨハンは器の安定度が高い。魂の位相も近い。狙うなら彼しかない」

 「リスクは?」

 「呼び出しに失敗すれば、別の者が降りるか、誰も来ない。それだけだ」

 「ならばやるしかないな」

 ザギの声が低く響いた。「……ゼノン、頼む」

 ゼノンは深く息を吸い、両手を制御盤に置いた。

 床に淡青の光が走り、六角の陣が描かれる。円環の光が交錯し、研究所全体に低い振動が広がっていく。

 「ヨハン。お前の直感と理性を、この戦場に――」

 光が渦を巻き、眩い閃光が研究所を満たす。

 やがて、中心に人影が浮かび上がった。

 淡い光に包まれ、ゆっくりとその姿が定まっていく。

 ――ヨハンだった。

 深い眠りから覚めるように瞼を上げ、彼は状況を確認するように周囲を見渡す。研究所の冷たい壁、因果演算柱の脈動、ゼノンの姿。そして、通信機から響くザギの声。

 「……成功したか」

 ゼノンは安堵の色を隠さずに言った。

 「成功だ。君が最も近かった」

 「ロサンジェラの刻印ですね」ヨハンは短く言った。

 「私の知識では解けなかった。……呪いだ。解呪には源流を絶つ必要がある」

 通信機が再び震え、ザギの声が割り込む。

 「源流――それが“アキレス”だ。愛と呪いを併せ持つ神魔。彼を倒さぬ限り、刻印は消えぬ」

 ゼノンの眉がわずかに動く。「……アキレス。名は伝承に残っていたが、本当に存在するとは」

 「存在するどころか、いまリューたちの前に立ちはだかっている」ザギが低く言う。「お前の判断が必要だ、ヨハン」

 しばし沈黙ののち、ヨハンは頷いた。

 「わかりました。私にできる限りのことをしましょう」

 ゼノンは転送装置の制御盤を操作しながら告げる。

 「リューたちは地上拠点にいる。合流してくれ」

 ヨハンは光の中に足を踏み入れ、ゼノンを見やった。

 「ロサンジェラを必ず救う。そのために――アキレスを討つ」

 ザギの声が最後に重なる。

 「道はお前の手で開け」

ヨハンは地上拠点の研究所に立っていた。

 石造りの壁と簡素な装置、緊張に満ちた空気。その場にいた仲間たちが一斉に振り向き、驚きと安堵の声を上げた。

 「ヨハン!」リューが駆け寄り、肩を掴んだ。

 「……久しいな、リュー」

 「本当に来てくれたのか……!」

 その声に、ザックが豪快に笑う。

 「はっ、蒼穹賢まで駆り出されるとはな! これで心強いじゃねえか!」

 アリスもわずかに頬を緩め、「来てくれて助かる」と呟いた。

 ヨハンは表情を引き締め、告げた。

 「詳しくは後で話すが、ロサンジェラが重症だ、原因は呪いだ。アキレスという神魔の執着が形を成している。放置すれば命は長くない。解くには――アキレスを討つしかない」

 その言葉に、空気が一変した。

 リューは剣に手を置き、仲間を見回す。

 「……結局、そういうことか」

 「無謀でも道は一つだ」ヨハンははっきりと告げた。「だからこそ、冷静に進めよう」

 静寂の中で、仲間たちの瞳に決意が宿る。

 リューが剣を握りしめ、短く言った。

 「行こう」

 全員がうなずいた。

 ヨハンはその光景を見つめながら、静かに心を固めた。

 救うために。討つために。――戦いの舞台は、すでに定まっていた。

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