第十二節「プロメテウス開戦 ~その7~」
黒い灰が、雪のように舞った。崩れゆく神殿の空気の中で、プロメテウスは膝を折りかけながらも立ち上がる。肩は裂け、全身は罅に覆われ、それでも炎の核はまだ燃えていた。
「人間よ……憎き人間よ……!」
咆哮と共に紅蓮の奔流が吐き出される。もはや理性も戦略もない。ただ怒りに任せ、なりふり構わず攻撃を繰り出す。炎の拳が乱れ、神殿の石柱が次々と爆ぜ、床が溶けて流れ落ちる。
「下がれ、カイ!」
リューの声に、少年は首を振った。
「いいえ……俺がやります!」
その背後で影が大きく蠢いた。メギ——黒き影が、低い声を漏らす。
「……オマエノチカラ……ヲ……モラウ」
次の瞬間、プロメテウスの炎が吸い込まれるように影へ沈んでいった。放たれた熱流が途中で痩せ細り、力を失った火の渦が霧散していく。
「な……何を……!」
プロメテウスの眼光が揺らぐ。
メギは無表情のまま、さらに空間を侵食していった。神殿の床、壁、天井……存在そのものの継ぎ目を“無”へと変え、プロメテウスの炎と時の流れを削り取っていく。
「お前は……お前は一体……何なのだ!!!」
その怒号には、恐怖すら混じっていた。
「なぜ人間に与する! なぜ、我を裏切る!!!」
影は小さく震えた。そして囁きが零れる。
「……オマエ……キライ……」
間を置いて、かすれた声が続いた。
「……カイ……スキ……マモル」
その単純な響きに、プロメテウスの表情が歪む。怒りと絶望とがせめぎ合い、炎は暴発し、神殿全体を揺らした。
「アリス!!」
リューの呼びかけに、氷の女王は血の気の失せた唇を引き結び、最後の魔力を紡ぎ上げた。
「——絶界零度・三千氷世界!」
氷雪が咆哮を上げ、空間そのものを凍結させる。氷柱が逆巻き、神殿ごと透明な結晶に閉ざした。時間は凍りつき、空気すら氷塊へと変わる。プロメテウスの全身が瞬時に凍結に飲まれ、氷の棺の中に封じ込められた。
しかし、内部から亀裂が走る。蒸気が噴き上がり、氷が内側から膨張していく。
「……まだだ……まだ、俺は……!」
怒りの熱が氷を蒸発させ、絶対零度の結界すら焦がしていった。
そのとき、リューの耳に剣の声が響く。
『黙ってはいたが……そろそろ介錯の時間だな、リュー』
リューは目を伏せ、深く息を吸った。
「ああ……もうここで終わらせてやろう」
彼は前に進み出る。氷に囚われ、なおも内側から暴れ狂う炎の神を前にして、静かに言葉を投げかけた。
「お前の痛みも、わかる……。人に裏切られ、罰を受け、怒りに囚われたことも……。けど、怒りだけで前に進もうとしたお前は、やっぱり間違ってるんだと思う」
リューは剣の柄に手を添え、目を閉じた。
「グラム……お前に任せる」
鞘の中で魔剣がうっすら光を放ち、低く響いた。
『プロメテウス……同胞よ。——さらばだ』
光は一直線に伸び、氷の棺を貫いた。剣は核を探り当て、静かに切断する。轟音はなかった。ただ、ひときわ明るい炎が一度だけ燃え上がり、次の瞬間には灰と化した。
神殿の中に、沈黙が戻った。氷は溶けて雫となり、灰は雪のように舞い落ちる。
リューは剣を収め、低く呟いた。
「……安らかに」
彼の背後で、アリスが崩れ落ち、ザックがその身体を支えた。カイは影を胸に抱え、メギの震えを静かに鎮めていた。
——戦いは、終わった。




