第八節「プロメテウス開戦 ~その5~」
咆哮と共に灼熱が吹き荒れる。神殿最奥部に立つプロメテウスは、炎そのものを体現するかのように紅蓮の巨体を揺らめかせ、怒りの声を轟かせていた。天井の石が熱でひび割れ、床の大理石は溶岩のように赤く染まる。そこに立つリューたちは、もはや命を削る覚悟を迫られていた。
「いくぞ!」
最初に動いたのはアリスだった。氷の女王の名にふさわしく、両腕を広げると一瞬で周囲の空気が凍り付き、氷雪の壁が炎に立ち向かう。轟々と燃え盛る炎と氷結の結界が正面からぶつかり合い、爆ぜるような衝撃音が神殿に轟いた。灼熱の奔流を押し返し、氷の刃が幾筋もプロメテウスの足元へと突き立つ。巨体が一瞬だけ動きを鈍らせる。
その隙を狙い、リューが前に出た。
「模倣――炎よ、返せ!」
プロメテウスが吐き出した火炎を、鏡のように映し取って投げ返す。威力は本物に比べれば薄い。だが、返された炎がわずかにプロメテウスの視界を遮り、動きを分断する。リューの身体は焼けるように熱を帯び、喉から血がにじむ。それでも、彼は歯を食いしばり続けた。
「行くぞ!」
ザックが叫ぶ。剛腕は、まばゆい光を放ちながら炎を切り裂き、衝撃波で巨体を押し戻す。炎と氷の狭間で拳が閃光のように走り、巨体の胸を裂くように叩きつけられた。
「ぐぬぅ……!」プロメテウスが呻き、足をわずかに滑らせる。
背後ではカイが必死に支援魔法を紡いでいた。影の魔神メギが彼の周囲で暴れようとし、黒い靄が漏れ出す。その力を抑え込みながら、カイは仲間の動きを強化する術を繰り返した。影が敵の背を縫い付け、炎の奔流をわずかに逸らす。
「まだ…まだ耐えろ、メギ! 暴れるな、今は――俺に力を貸せ!」
影の力に抗うように叫ぶカイ。その叫びが結界全体に重圧を響かせた。
四人の連携は必死だった。アリスの氷が炎を押し返し、リューの模倣が隙を作り、ザックの拳がそれを断ち切り、カイの影が縛りを加える。何度も繰り返される攻防の果て、巨体のプロメテウスが膝をついた。轟音が神殿を震わせ、巨躯が一瞬揺らぐ。
「やったか…?」
カイが呟いた。誰もが一瞬、勝利を錯覚した。全員の胸に、ようやく届いたという安堵が走る。
だが次の瞬間、プロメテウスの全身から黒煙が立ち昇った。赤々と燃えていた外殻が、炭素のように黒く硬化し、音を立ててひび割れていく。まるで自らの肉体を鎧として再構築しているかのようだった。
「違う…まだ終わっていない!」アリスが叫ぶ。
炭素化した殻がパージされ、破片となって床に散った。炎の巨体が崩れ落ちるかに見えた瞬間、その中から現れたのは――人間ほどの大きさに縮んだプロメテウスだった。
しかし、動きは先ほどとは比べものにならなかった。巨体時代の鈍重さは消え去り、怒りに燃える眼光と共に、稲妻のような速度で迫ってきた。
「なっ――速い!」
ザックの拳が受け止めきれずに弾かれる。リューの模倣が発動する前に、炎の拳が彼の胸を抉る。アリスの氷壁は砕かれ、カイの影すら貫かれる。怒りと憎悪を凝縮したかのような猛攻に、四人は次々と地面に叩きつけられた。
「人間どもが……なぜ抗う。お前たちに救う価値などない」
プロメテウスの声が、炎に混じって神殿全体を揺らす。その視線は特にカイの背後にうごめくメギに向けられていた。
「そして貴様……なぜ人に与する。神魔に仇なす理由などあるまい」
だが、メギは答えない。プロメテウスは苛立ちを募らせ、炎の連打を影に叩きつける。轟音と共に氷も石も溶け、影の形が引き裂かれていく。
「やめろ――!」
カイが飛び出した。無意識のうちにメギを庇い、その身で炎を受け止めてしまう。熱が皮膚を焼き、肉が裂け、倒れ込む寸前に息を呑む仲間たちの声が響いた。
「カイ!」
しかしプロメテウスの猛攻は止まらない。怒りと炎の奔流が、なおも彼らを呑み込もうとしていた。




