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第四節「プロメテウス開戦 ~その1~」

 数百体に及ぶ神魔の群れを掃討した後、神殿の前には奇妙な静寂が広がっていた。

 戦いの熱気がまだ残るのに、耳を澄ませば虫の声すら聞こえない。血と焦げた肉の臭いが漂うのに、風は止まり、雪解け水のように空気が淀んでいる。リューたちは互いに視線を交わし合った。ここから先に待つものが何であるか、誰も口にするまでもなかった。

 カイの腰にぶら下がった黒鉄のポッドが、不気味な音を立てながら膨らんでいく。先ほど討ち取った神魔たちのダークエネルギーが吸い込まれていく音だった。ポッドの表面に黒い稲光が走り、周囲の空気を震わせる。

 「アリス一人でも勝てるんじゃねーか?」ザックは冗談を呟いた。

 アリスはザックに視線を投げ、鼻で笑った。

 リューが唇を引き結び、肩で息をする。

 「だが、あの力は……言葉では言い表せない。災厄そのものだ」

 ザックも頷き、握った拳を震わせる。

 「憤怒の具現。生半可な覚悟では飲み込まれるな」

 緊張が漂う中、アリスだけが冷徹な声音で言い放った。

 「ならば我が氷で冷ましてやろう。――プロメテウスの怒りとやらを」

 彼女はわずかに唇を吊り上げた。女王としての矜持が、今この瞬間にこそ形を得る。

 冷気が立ち上り、アリスの足元の石畳が白霜に覆われていく。

 四人は静かに神殿の最奥部へと足を踏み入れた。

 ――重い。

 一歩進むごとに、足が鉛に縛られたように動かなくなる。空気が圧縮され、肺が焼け付く。見えない炎が全身を覆い、骨の髄まで重圧がのしかかるようだった。

 「……くそ、歩くだけでこの有様か」リューが歯噛みする。

 ザックは顎に汗を伝わせながら言った。

 「これが……王の覇気ってやつかよ」

 カイは両腕を抱え、呼吸を荒くしながらも進むのを止めない。

 「空気そのものが……火になってるみたいだ……」

 そして――神殿最奥。

 玉座にも似た祭壇の上に、赤黒い光をまとった巨躯が鎮座していた。

 プロメテウス。

 その瞳は燃え盛る火山のマグマのごとく、常に沸騰し、怒りの熱を垂れ流している。筋肉は赤銅色に焼け焦げ、全身が絶えず燃えさかる火焔に包まれていた。

 やがて、その唇が動いた。

 「……お前たちか」

 低く、地響きのような声。それは神殿全体を震わせ、壁の石を軋ませる。

 「我が聖域を踏みにじる……人間ども……」

 瞳に憎悪が宿る。いや、それ以上だった。憎しみの奔流がその存在すべてを構成している。

 「憎い……憎い、憎い、憎い……!!!」

 声が轟くたびに、空気が灼け、天井から炎の雫が滴り落ちた。

 「人間が……憎い!!!」

 次の瞬間、プロメテウスの喉奥から解き放たれた咆哮が、耳をつんざいた。

 神殿全体が揺れ動き、石の壁がひび割れる。鼓膜が破れるような痛みがリューたちを襲う。

 そして、熱波。

 まるで大地そのものが溶け出したかのような熱が津波のように押し寄せた。

 呼吸する間もなく、皮膚が焼ける。髪の毛が焦げ、影すら黒く蒸発する。

 リューは腕で顔を庇ったが、その腕すらも赤く灼かれた。

 「これが……災厄の王……!」

 カイは叫び、アリスの背にしがみつきそうになるのを堪えた。

 だが、アリスは一歩も退かず、冷気を纏ってその場に立ち続けた。

 「吠えるな。――その炎、凍らせてみせよう」

 女王の声が、熱の奔流の中で凛と響いた。

 絶望の幕開け。

 プロメテウス本体との戦いが、いま始まろうとしていた――。

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