第三節 絶界氷円
ツーカシカ地区の最深部――かつてカイが覚醒の片鱗を見せたその地に、リューたちは再び足を踏み入れていた。
アリスの氷結界が展開され、内部の魔力の流れを安定させているおかげで、リューたちの魔力は削がれずに済んでいる。これなら、あの時のように不利を強いられることはない。ゼノンの計算通りだった。
すでに周辺に巣食っていた三体の中級神魔は撃破済みだ。あとはただ、中心に鎮座するプロメテウスを打ち倒せばいい――誰もがそう思っていた。だが、神殿の大扉を押し開いた瞬間、その希望は粉々に砕かれる。
「なっ……これは……!」
リューが息を呑む。
神殿の内部には、数百体に及ぶ有象無象の神魔が整然と陣を組んで待ち構えていたのだ。いずれも上級ではない。だが数が多すぎる。しかもただの雑兵ではなく、プロメテウスの炎に染められた存在。通常よりもはるかに強化されているのは一目でわかった。
「俺たちの動きが読まれていた……? いや、そんなはずは……」ザックが眉をひそめる。
だがリューは首を振った。「違う。これは……プロメテウスが自分の魔力で編み上げた結界だ。三体の中級神魔を倒したことで、奴の本能が働いたんだ。俺たちを殺すために――!」
全員が背筋に冷たいものを覚える。
当初の計画では、疲弊のない万全の状態でプロメテウスに挑むはずだった。だが、この数を突破しなければ本体にはたどり着けない。作戦は開始直後から崩れ去ったのだ。
「どけ……」
そう言ってアリスが一歩、前に出た。
彼女はこの日のために研究所の地下で幾度となく模擬戦を重ね、この世界での魔法に適応してきた。かつて鳥籠と呼んだ氷の城の屋上で孤独に練習していた頃とは違う。今は、この力を託された仲間と共に戦うために。
アリスは白い吐息を吐き、両手を胸の前に掲げる。
「開け、絶界氷円――」
空気が一変した。
敵陣の外縁に、透明で鋭利な氷の円環が浮かび上がる。それは瞬時に拡大し、数十体の神魔を包み込んだ。
「閉じよ、我が絶界氷円」
その声が響いた刹那、氷の円は収束し、内部の神魔たちを上半身と下半身に分かち切った。
まるで時間そのものが凍りついたかのように、一瞬のうちに数十体を切断した。
「……な……」
リューは言葉を失った。
ザックでさえ瞠目し、グラムが低く唸る。
「こ、こんな強かったのか……レベルが違い過ぎる……」カイが思わず呟く。
アリスは冷たく吐き捨てるように言った。
「我を煩わせるな、雑魚どもよ――」
その声音はまるで氷の刃。情け容赦の欠片もなかった。
しかし、心の奥底では躍動の感情がわずかに芽生えていた。
――これが私の居場所、王座でもなく、鳥籠でもなく、戦場こそが。
だが、そんな思考は一瞬で霧散する。目の前に次々と迫る神魔たちを前に、冷徹な戦士の顔に戻るのだった。
「行くぞ!」
ザックが拳を振り抜き、氷で足を止められた神魔たちを次々と粉砕する。
「お前の隙は俺が塞ぐ!」とリューが続き、模倣した氷の矢を連射しながら味方を援護する。
カイは額から汗を流しながら、影のメギを呼び起こそうと必死だった。だが完全には制御できず、黒い靄が断続的に広がっては消える。そのたびに神魔がメギに数体飲み込まれて消えるが、本人にはそれを操る術がない。
戦線は徐々に押し戻される。それほど敵の数は圧倒的だった。
だが――アリスの氷円が発動するたびに、数十体がまとめて沈黙し、戦況は拮抗を保っていた。
「やはり……あいつは天賦の才だ」ザックが低く言う。
「生まれながらに魔法を従える存在。俺も想定していたが……ここまでとはな」リューが続ける。
カイは必死に息を整えながらつぶやく。
「でも、それでも……プロメテウスは……」
その言葉に、全員が黙り込んだ。
アリス自身もわかっていた。――この力ですら、プロメテウスの本体には届かないかもしれない。だが、ここで止まるわけにはいかない。
氷の女王は、仲間たちの先頭に立ち、さらなる魔法を紡ぐ。
「道を切り拓く!私の後に続け!」
轟音と共に氷の絶技が神殿を震わせ、数百体の神魔との死闘が幕を開けた。




