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第七節:氷の青 その4 

影の結界の中、空気はわずかに重く、外界の光が薄い灰色に変わっていた。足元には雪が敷かれ、その白さが周囲の静寂を際立たせる。

 リューは先に動いた。短く息を吐き、全身の力を一点に込めて突き出す。氷の礫が連続してアリスを襲う。

 アリスは足を動かさず、滑らかな動きでそれらを受け流していった。氷の破片は次々と地面に散り、音もなく溶けていく。

 最初はリューが一方的に攻め立てていた。だが、アリスは反撃の機会を作らない。ただ徹底して防御を続ける。

 それは余裕からではなかった。――リューの底を知るために意図的に攻めないのだ。

 互いに実戦経験はない。模擬戦すらほとんどなく、ましてや命を奪い合う戦場など踏んだこともない。

 だが、この瞬間、二人は初めて「戦い」の場に立っていた。

 リューの額にうっすらと汗がにじみ始める。

 「……っ」

 知っている魔法は多くない。模倣できたものを順に繰り出してきたが、もう残りはわずかだ。自分の魔力の限界も知らずに撃ち続けた代償が、じわじわと手足の感覚を奪っていく。

 アリスの目が細められる。

 ――そろそろか。

 次の瞬間、彼女は氷の刃を形作った。それは鋭く、細く、光を反射して鈍い青を放っている。

 同時に、リューの足元から氷がせり上がり、足首を固めてバランスを奪った。

 視界がわずかに揺れる。体勢を立て直すより早く、アリスは手元の刃を持ち上げる。

 「避けられなければ、それまでだ」

 冷ややかな声が結界に響く。

  自分の心をざわつかせたのは気のせいだったと割り切ればいい、アリスの冷たさが自然に出た瞬間だった。

 氷の刃がリューの顔めがけて一直線に走る。

 その瞬間、リューは目を閉じた。

 ――刃よ、柔らかい水になれ。

 脳裏に浮かんだのは、ただそれだけのイメージだった。

 結界の外で見守っていたザギが、影を伸ばしてリューを庇おうと動く。だが、その必要はなかった。

 刃はリューの目前でふっと形を失い、透明な水となって彼の頬を濡らした。水滴は雪の上に落ち、小さな音を立てて消えた。

 アリスの瞳が揺れる。

 ――これは、何の模倣だ?

 氷から水への変化。それは彼女の知る限り、誰の魔法でもなかった。

 当のリューも、目を開いた瞬間に驚愕の表情を浮かべた。自分の意志で成し得たことなのか、それすらわからない。

 「リューよ、それも模倣か?」

 アリスは一歩近づき、声を低くして問う。答えを知りたくて仕方がなかった。

 「……そ、そうだ」

 ほんのわずかな間のあと、リューはそう答えた。

 嘘だとわかっていた。だが口から出たのは無意識の言葉だった。

 結界の外でそれを見ていたザギは、小さく呟く。

 「これが……英雄の片鱗か」

 彼は懐から薄い板状の魔道具を取り出し、淡く光らせた。

 「ゼノン、リューを発見した。記憶は、もちろんない……だが、かつて皆が英雄と呼んだ者に、覚醒するかもしれない。やれるだけのことはやる」

 通信を終えると、ザギの姿が結界内に現れた。

 「――続けるのか?」

 リューは息を整えながら答える。

 「……お前についていく」

 その言葉にアリスがわずかに眉を上げ、ザギを見た。

 彼女は何も言わず、ただ静かに頷いた。

 結界の影がゆっくりと溶け、雪原に淡い光が戻ってきた。

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