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第四節:氷の青 その1

 ザギが姿を消したのは、都市に着いて間もない日のことだった。

 「……不思議な男だ」

 理由も告げず、行き先も言わず。ただ一言だけ「しばらく離れる」とだけ残して、雑踏の向こうへ消えていった。

 自由を得たアリスは、初めて自分が本当に何をしたいのかを考えた。だが驚くことに、胸に浮かぶものはほとんどなかった。欲しいものは子供の頃から与えられてきた。好奇心も、長く閉ざされた生活の中で鈍くなっていた。

 影の男――ザギが事前に手配してくれた宿で荷を解き、必要なものを整えた後、彼女は街の中を歩き回ることにした。

 数日間、目に入るものすべてが新鮮だった。市場の活気、見慣れぬ異国の服装、雪を踏みしめる車輪の音、遠くで響く鍛冶の金槌の音。

 しかし、本来の目的――リューという名の人物を探すことは、容易ではなかった。都市はそこそこの規模があり、見知らぬ土地で一人を探すのは砂漠で一粒の宝石を探すようなものだ。最初から簡単に見つかるとは思っていなかったが、それでも進展のない日々は、再び退屈の影を落とし始めていた。

 そんなある日。

 たまたま通りかかった裏通りから、若い男たちの荒ぶる声が響いてきた。

 「かかってこいよ、この泥棒野郎!」

 「くだらねえ魔法使いやがって!」

 声のする方へ足を向ける。建物が密集し陽が遮られた路地は、湿った冷気と鉄の匂いに満ちていた。奥では五、六人の若い男たちが一人の青年を囲んでいる。青年はアリスと同じ年頃か、少し年下かもしれない。背は高くないが、身のこなしに妙な落ち着きがあった。

 理由は分からない。だが、アリスはその場面から目を離せなかった。好奇心が小さな火種のように胸に灯る。

 足音を殺し、ゆっくりと近づいた。

 青年が短く何かを呟いた。

 直後、暴漢たちの足元に白い冷気が走り、氷が瞬く間に鎖となって絡みついた。足を奪われた男たちは動揺し、次の瞬間、青年の拳が一人目の鳩尾を正確に撃ち抜く。二人目、三人目と、氷に縛られたまま崩れていく。

 「やろう!」

 残った男たちが慌てて魔法を放つ。火花が散り、空気が焦げる。

 しかし、それらは青年の手前で弾かれ、鏡面に反射する光のように反転し、放った本人たちに突き返された。驚愕の声が上がり、数人が尻餅をつく。

 「……くだらねえ魔法使いやがって」

 吐き捨てた瞬間、アリスは路地に足を踏み入れた。

 「ほう、面白いものを見た」

 男たちが振り向く。

 「誰だこの女……お前には関係ない。ケガしたくなければ――」

 「口を開いてよいと、誰が言った?」

 冷たい声が響く。アリスの瞳は、ごみを見るような冷淡さを宿していた。

 瞬間、周囲の空気が凍りつき、暴漢たちの体が首まで氷に覆われる。さらに氷片が鋭い刃となり、宙に浮かび、男たち一人ひとりの目の前に突きつけられた。

 「生きたいか? であれば、去れ」

 刃がわずかに前へ進む。男たちは恐怖で顔を引きつらせながら頷く。

 アリスが指をひと振りすると氷は砕け、彼らはよろめきながら逃げ去った。

 静寂が戻る。氷の破片が路地に散り、冷たい輝きが地面を覆う。

 アリスは青年に視線を向けた。

 「……いまの魔法はなんだ?」

 青年は答えず、無言のまま背を向けて歩き出した。

 「我の質問に答えよ」

 呼び止めても、青年は足を止めない。

 「助けてくれたとは思っていない。すまないが、どいてくれ」

 低い声でそう告げた直後、路地にかすかな音が響いた。

 ――ぐぅ。

 青年の腹が、はっきりと空腹を訴える。

 アリスは目を細めた。

 「飢えているのか」

 青年は黙っている。否定も肯定もせず、ただ無言を貫く。

 「ならば選択肢はない」

 アリスは青年の手を取り、拒む間も与えず強く引いた。

 「来い。食事くらいは与えてやる」

 抵抗しようとしたが、その力は空腹と疲労に奪われている。

 アリスは構わず路地を抜け、大通りへと歩き出した。

 その手は冷たくも強く、離すことを許さない支配の感触を帯びていた。


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