第2節:裁くもの
ラゼルが待つ城にいくまでの案内を務めているロザンジェラは、肩越しに振り返った。
白衣の袖から見える腕には、いくつか古い火傷の痕があった。
「昔はもっと活気があったの。ラゼルさんが治めるまでは」
「……ラゼルが?、何をした」
リューがぽつりと問う。
ロザンジェラは一度足を止め、ふっと息を吐いた。
「最初はね、英雄だったのよ。対外的には栄えてるとされたミルデンなんだけど、前の領主が酷くて、税も取り立てもめちゃくちゃだったの。民兵も汚職まみれ。誰も信じられなかった。ラゼルが来て、それを全部ひっくり返したの」
リューは目を伏せる。
「でも……貧富の差は変わらなかった。金のある者も、ない者も、結局ラゼルを利用しただけ。民衆の不満は、だんだん彼自身に向けられるようになった」
ロザンジェラは再び歩き出す。
石畳の道を三人の足音が静かに鳴らす。
「ラゼルには、人の“気”を読む能力があった。雷の魔法の派生で、微弱な電気の流れから感情を感じ取れる。でも、読めば読むほど、苦しくなっていったみたい」
「皮肉ですね」
カイが低く呟く。
「ある日、暴動が起きた。ラゼルの家族や仲間が狙われたの。彼の弟さんも……巻き込まれた」
「生きてはいるのか?」
「……意識が戻らない。もう何年も。その後、ラゼルは……救うはずだった民衆を、何百人も、一瞬で焼き尽くしたっていう話。誰も止められなかった。」
カイが言葉を失う。
リューはただ黙っていた。
雷の轟音が頭の奥に響いた気がした。
「それ以来、人々は彼を“裁雷帝”と呼ぶようになったの。誰も彼を英雄だなんて言わない。でも、誰も彼を討とうともしない。怖いから。誰も、もう話しかけようとしない」
「……あいつも俺も、変わったんだ」
それは呟きとも、独り言とも切ない声だった。
ロザンジェラはそっとリューを見つめた。
「あなたは、どうするの?」
リューは答えなかった。
ただ、歩を進める。
「ラゼルに会いに行くなら、……私もついていくわ」
「ぼ、ぼくもいきます」カイは少しおびえるような素振りを見せた。
「ありがとう」
短く返すリューに、ロザンジェラは頷いた。
やがて、重厚な石造りの門が姿を現した。
ミルデンの城――雷帝ラゼルが居を構える場所。
「行くか」
「……はい」
3人はゆっくりと、城門の前に歩を進めていく。
重たい空気の向こうに、かつての仲間の影がぼんやりと浮かんでいた。