第八節:問いの黒影と過去の赦し
暗闇が揺れた。
音も風もない冥府の奥底で、ただひとつ、心臓の鼓動だけが響いている。
――お前は、誰のために剣を振るい、なぜ生き残った?
その声はもう消えていた。だが問いだけは残り、ザギの胸の奥でくすぶっていた。
足元の闇が波打つ。次の瞬間、周囲の景色は塗り替えられていた。
また、あの戦場だった。
焦土と化した大地。燃え残った杭のような黒煙。
血と鉄と土の匂いが鼻腔を刺し、焼け焦げた空気が肺を満たす。
叫び声が遠くから、いや、すぐ隣からも響いてくる。
仲間たちの姿があった。
誰もが血にまみれ、息を荒げ、それでも敵に向かって立ち向かっている。
そして――一人、また一人と倒れていく。
ザギは剣を握りしめようとしたが、手が震えた。
視界が霞む。
目の前の光景は、知っている。忘れられるはずもない。
カトルの首が切断されたあの時、自分は……剣を置いた。
声にした瞬間、胸の奥に沈んでいた重みが蘇る。
目を逸らそうとしたが、幻影は彼を許さない。
伸ばせなかった手。届かなかった叫び。背を向けた自分の影。
そのすべてが、彼の周囲に輪を描くように迫ってくる。
「ザギさん」
その中から、一つの声がはっきりと響いた。
振り向くと、そこにカトルが立っていた。
血まみれの鎧を着たまま、かつてと同じ穏やかな笑みを浮かべている。
「あの時、僕はザギさんに“生きてくれ”って願った。……今もそうです」
ザギは息を呑んだ。
その笑顔は、責めではなく赦しだった。
胸の奥の痛みが、少しずつ溶けていく。
膝をつき、顔を覆う。肩が震える。
涙は熱く、しかし苦くなかった。
彼は気づく。
自分を罰していたのは、他でもない自分自身だった。
終わらない戦場に自分を閉じ込めていたのは、過去の記憶ではなく、自分の意志だった。
カトルは一歩近づき、手を差し出す。
「ザギさん、そろそろ……行きましょう」
その手は、幻でありながら確かに温かかった。
ザギは顔を上げた。
その目には、まだ迷いが残っている。だが、その奥に新たな光が宿りつつあった。




