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第六節:魂の落下と最初の興味

 それから、魂は降り続けた。

 一つ、また一つ。

 命という営みが地上に芽吹き、やがて老い、終わり、そしてこの冥府へと沈んでくる。

 最初はまばらだった。だが数百年、数千年と経つうちに、それは雨のようになった。

 ある日は、戦で死んだ兵士の群れが。

 ある日は、飢えた子どもたちの列が。

 ある日は、何かに満ち足りた顔の者たちが。

 死という現象は一つであるはずなのに、その“終わり方”には、無数の形があった。

 ハデスは、ただそれを眺めていた。

 誰かが泣き、誰かが怒り、誰かが笑い、誰かが何も感じない。

 死んだ魂に、感情の差異などあるはずがないと思っていた。

 だが現実には、彼らはそれぞれ違った“揺らぎ”を持っていた。

 ある魂は言った。

 「私は弱い。だから、どんな地獄を見せられても、きっとまた泣く。屈する。でも、それでも私は生きたい。またこの魂で、生まれ変わりたい」

 またある魂は言った。

 「私は強い。何度でもお前に抗う。お前が見せる地獄に、私の刃を叩き込んでやる」

 だがその魂は、やがて沈黙し、何も語らなくなった。内側から崩れ、光を失い、廃人のように冥府の底に沈んだ。

 ハデスは、何もしていない。ただ“見せた”だけだ。

 魂自身が持つ記憶を、何度も、何度も、何度も――。

 同じ戦場を繰り返し、同じ後悔を繰り返し、同じ“誰かを守れなかった”という叫びを繰り返す。

 それでもなお、立ち上がる者がいる。逆に、ただ一度の苦しみで心を閉ざす者もいた。

 「なぜ、同じ種族でありながら、かくも異なる?」

 ハデスの問いが、生まれた。

 神々のように永劫を与えられた存在ではなく、限られた時間しか持たない者たち。

 壊れやすく、忘れやすく、それでも何かを“残す”ことに執着する者たち。

 理解できなかった。ただ、知りたかった。

 なぜ彼らは、何かを守ろうとし、何かを信じようとし、何かを遺そうとするのか。

 神々の戦いに、ハデスは興味を持てなかった。

 勝利も敗北も、力も支配も、彼にとっては音のない劇だった。

 だが、人間の魂は違った。

 彼らは“問う”のだ。

 なぜ自分はこうなったのか。なぜあの人を救えなかったのか。なぜ、もう一度生きられないのか。

 その問いは、やがてハデスの中にも静かに流れ込んだ。

 「彼らの問いに、私はどう応えるべきなのか?」

 そうして彼は、“裁く”ことをやめた。

 地獄も、楽園も、彼にとってはただの構造にすぎない。

 誰がどこに落ちるか、何が罪か、それを決めることに意味はなかった。

 だから彼は、ただ“映す”ことにしたのだ。

 魂が持つ記憶を――最も深く、最も痛む場所を――

 ありのままに、その者自身に“見せる”。

 何も加えず、何も引かず。ただ、「お前はどうする」と問いかける。

 それが、彼にとっての“唯一の応答”だった。

 そしてその日もまた、一つの魂が静かに冥府に落ちてきた。

 黒いマントを纏い、剣を引きずるように歩くその男は、どこか自分を罰しているようだった。

 その魂に、彼は新たな“問い”の兆しを見た。

 名は――ザギ。

 不条理の中で剣を振るい、自己と過去を刺し貫こうとする者。

 まだ答えを出していない、ゆえに問うに値する者。

 ハデスは目を細め、静かに佇んだ。

 「……ならば、私はまた一つ、問いを投げかけよう」


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