第四節:漆黒の檻、そして再び
ザギが辿り着いた“冥府層”の黒核中枢は、文字通りの闇だった。
それは色という概念を超越していた。漆黒。いや、それすら生温い。光を拒絶し、存在そのものを否定するような“無”に近い闇。
闇に馴れた自分の心ですら、ぞわりとざわめく。
心が崩れそうだった。
ある音がきこえてくる、「ザギさん、あの魔法教えてくださいよ」
ある音がきこえてくる、「ザギさん、早く傷を治さないと」
ある音がきこえてくる、「ザギさん、大丈夫です、今回も神魔を討伐できますよ!」
軽やかな声。どこか照れくさそうで、でも真っ直ぐな信頼に満ちている。
それは……カトルの声だった。
次いで、視界の隅に人影が現れる。灰色の戦場の中を駆け抜けるカトル、笑顔で背中を叩いてくるノル。真剣な眼差しで隊を指揮するレイカ。
戦場。それも最前線。神魔が跋扈する現代の“ノルマンディー”。
だがそこには、確かにぬくもりがあった。
血と泥の中で、それでも言葉を交わし、背中を預け、戦った日々。死と隣り合わせの中に灯る、小さな希望と絆。
その記憶が、今この空間に再生されていた。
ザギの視覚、聴覚、嗅覚、すべてが“あの時”に戻っていた。
「ザギさん!! 僕が行きます!!」
叫ぶカトルの声が響く。次の瞬間、上級神魔が姿を現す。ザギは闇縫いの魔法でカトルを止めようとするが、無数の中級神魔たちが彼を狙い撃ちにしてくる。
味方は各所で戦闘中。ザギの援護は届かない。
カトルはまっすぐに敵へと突き進む。そして、あの瞬間が——来る。
まただ。またこの光景だ。
首が飛ぶ。笑顔が崩れ、血が舞い、何かを言いかけた唇が凍りつく。
ザギの身体が硬直する。動かない。心が軋む。
すると、ふたたび——
「ザギさん! あの魔法を……」
場面が、冒頭に巻き戻される。
また始まった。また同じ死を見せられる。
繰り返し。繰り返し。繰り返し。数えきれないループ。
耳が焼け、目が潰れそうになる。心が削られる。無限の地獄が、五感を侵食していく。
ザギはいつしか膝をついていた。時間の感覚も失われている。ただ、魂が擦り減っていく音だけが聞こえる。
そして、また、あの言葉が聞こえた。
「もう戦わなくていいんですよ……ザギさん」
カトルだった。血の気のない顔で、笑っている。
「……十分、戦いました。休んでください」
そう言って、彼は手を差し伸べてくる。ぬくもりをたたえた手。優しさが滲む眼差し。
ザギの意識が、ぼやけていく。
(……これで、いいのかもしれない)
そのとき、ノイズ混じりの通信が微かに入った。
『……ザギ! 聞こえるか! ザギ!!』
ゼノンの声だった。音声はかすれ、意味を成さない。だが、確かに現実の声。
ザギは反射的に目を開けた。
気づくと、目の前にはカトルがいなかった。
「ゼノンか……」
静かに呟くと、再び通信が入る。
『……ダークエネルギーが……お前の近くで……発生を……検知……』
「戦…闘中か!?」ゼノンが叫ぶ。
「いや……悪い夢を。いや……良い夢を見ていたのかもしれん。もう、たくさんだ」
ザギは吐き出すように言った。が、返ってきたゼノンの声は冷ややかだった。
『その程度の思いだったのか。お前の“意志”は……その程度だったのか』
その言葉が、ザギの胸を刺した。
「……その程度、だと?」
胸の奥で、怒りが芽吹いた。
カトルの死を、仲間たちの想いを、今まで守れなかった全ての過去を否定された気がした。
その瞬間、周囲の闇がわずかに明るみを帯びた。
気づくと、ザギの目の前に、一人の男が立っていた。
黒のローブ、漆黒の王冠。あらゆる存在を見下すような目つきで、静かに笑っている。
冥王——ハデス。
「よく来たな、ザギ。見せてもらったよ君の”魂”を」
彼は、無防備にその場に立っていた。




