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第三節:滅し、滅し、滅し、

 “冥府層”——ゼノンが唯一口を濁した領域。人類の演算基盤でありながら、誰も内部を理解していない。

転送ゲートを抜けた瞬間、そこは空間というよりも“喪失”だった。地も空も曖昧に溶け合い、音も光もない。ただ沈黙だけが支配する世界。

 ザギは歩を進めながら、奇妙な落ち着きを感じていた。

 虚無。何もかもを置いて、このまま崩れてもいい——そんな誘惑が、ふと胸を撫でた。

「……感傷か」

 自嘲気味に呟く。だが、確かにそれはあった。ここには戦いも、責任も、記憶さえも存在しない。

 ザギは何度もこう思ってきた。このまま終わってしまっても構わないと。リューをゼロ化された状態で見つけたときも、神魔に抗える素質を持つ者を修行地に送り込んでいたときも、心の奥でずっと問うていた。

 ——自分はまた仲間を死地に送ろうとしているのではないのか?

 彼を“闇縫い”として恐れた者もいた。だが、その実、自分の行動は常に受け身だった。ノア世界に干渉しすぎないように。

ある時は、子供の姿に変え、焼かれる村をただ見ていることもあった。

 かつて最前線で神魔と戦っていた時、信じた仲間たちがいた。

 自分を背に託してくれた者たち。傷を癒してくれた者。

カトル——自分を「兄」と呼び、無邪気に笑っていた男。

 神魔の戦場で、彼の首が切断されるのを見たあの瞬間。言葉にならない叫びが、ザギの中で凍りついた。

 何かを言おうとしていた——あの目はそう語っていた。だがもう、わからない。ただ、記憶の奥底で十字架のように焼きついている。

 それからというもの、考えるのをやめた。ただ神魔を滅する。殺す。闇に還す。

 ——滅し、滅し、滅し、それだけだった。

 人類の希望であるリュー・エルバストルが敗れたと聞いた時も、何の感情も湧かなかった。ただ人類が一人分の希望を失った。それだけ。

 自分が失ってきたものに比べれば、顔も知らぬ一人の死など、大したものではなかった。

 だが、そんな自分に対してゼノンから依頼された。リューの覚醒のため、また魔力の才能があるものを見つけ、そして、ノア世界の番人になり、新たな戦力を整えてほしいと言われた時、別に拒否もしなかった。

仕事といえば仕事だ、ただ、瓦解しかけているこの人類組織、拒否しようと思えばできたことも確かだ。

 ——だが。

 ノアでの生活は、知らず自分の中の“壊れていたはずの部分”を刺激していた。

 ゼロから始まったリュー。何も知らず自分を慕ってくれた者たち。村に生きる子供たち。

 その中で、自分が「死神」だと自覚していた分、胸の奥で何かがわずかに疼いた。

 この感情はどこから来るのか。わからない。

 ただ、それは、かつて人間だった頃の心なのかもしれない

 黒核の中心へと至る中で、足元に映るのは過去の記憶。

 仲間の最期。瓦礫の中の自分。ゼノンの「その目を持つ者は、長く戦える」という言葉。

 戦いは終わらない。覚醒者はまた死ぬ。自分もまた失う。

 目の前に映し出された“過去の自分”が問う。

 「それでも戦うのか? もう十分だろう。お前は壊れた。誰も救えない」

 この戦いに意味はあるのか? ないかもしれない。

 それでも、何も選べず死んでいった者たちの代わりに、今ある者たちには選ぶ権利を残したい。

 たとえ滅ぼすことでしか、その道を拓けなかったとしても。

 滅し、滅し、滅し——

 その果てに、それでも残るもの。

 導くという意志。

 それが、今のザギを歩かせていた。


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