第2章 裁雷帝のラゼル 第1節:雷鳴の城
"You justify those that died by wearing the badge."
「その肩書きで、多くの死を言い訳にしてきたんだろう。」
──Rage Against the Machine ~ Killing in the Nameより
灰色の空が重く垂れ込める午後、リューたちはミルデンの城門前に立っていた。
街道沿いに広がるその町は、かつて雷鳴の英雄ラゼルが救ったとされる地だった。高台には尖塔が突き刺さるようにそびえ、その上に刻まれた雷の紋章が、今では城塞都市そのものの象徴となっている。交易と鍛冶の町として栄えたはずのその場所は、今や陰鬱な空気に満ちていた。建物は古び、露店は半ば閉ざされ、通りを行く者たちは皆、どこか怯えたような目をしていた。
「ずいぶん……物静かな町だね」
カイがぽつりと呟いた。門前の警備兵たちは無言で立ち尽くしており、通行人たちも一様にうつむいて足早に行き過ぎていく。かつては貧富の差はあるものの賑わいのある町と聞いていたはずなのに、活気も声もない。
「これが…ラゼルさんの治めるミルデンの現状です」
ロザンジェラが低く呟いた。彼女の声には怒りよりも、かすかな哀しみが滲んでいた。
通行申請に時間はかからなかった。ロザンジェラの名はこの町では知られていたらしく、「治癒師」としての活動が記録されていたようだ。塔の事件について詮索されることもなく、三人は街へと入ることを許された。
町の中はさらに異様だった。石畳は整備されており、店の看板も統一感があるが、すれ違う人々の表情には活気がない。どこか押し殺したような気配が町全体を包み込んでいる。
「みんな……なんであんな顔してるんだろう」
カイの問いに、リューは答えなかった。自分の中でも、言葉にできない違和感が積み重なっていた。
宿屋を探していたそのときだった。広場の一角から、複数の足音が迫ってくる。周囲の人々が一斉に道を空け、兵士たちが現れた。
その先頭にいた男は、鮮やかな紫のマントをまとい、腰には雷紋をあしらった徽章をつけていた。目つきは鋭く、右手には細身の雷杖。
リューの目が細められる。
──まさか、あの時の侵入者か。
塔を襲い、自分に追い返された男。その顔に間違いはない。
だが、あの男がなぜ、今ここで雷紋を背負っている? 堂々と“正規の兵”の顔で現れたことに、リューは言い知れぬ不気味さを覚える。
「封印の塔にいた者だな。……まさか、ここで会うとはな」
男は皮肉げに口角を上げた。カイがリューの背に身を隠し、リューは一歩前に出た。
「……なぜお前が?」
その問いに、男は答えなかった。ただ、雷杖を軽く構えた。
「この町では、未申告の魔法使いは監視対象だ。特に、お前のような者はな」
兵士たちがゆっくりと包囲を狭めてくる。緊張が走る。ロザンジェラが口を開こうとしたが、それより早くリューが静かに右手を上げた。
「……攻撃の意志はない。ただの通りすがりだ」
「弁明はあたえない」
兵士の一人が雷の火花を散らしながら杖を構える。それを合図に、男が雷撃を放った。閃光が走る――だが、それはリューの前で寸前に止まり、弾かれた。
リューが展開した土の防壁が、稲妻を飲み込み、静かに霧散させた。
カイの呟きに、兵士たちが一歩たじろぐ。リューは一切の攻撃をしていない。ただ、受けただけだった。
「退け」
凛とした声が広場に響いた。雷杖の男が顔を上げると、近くの城から一人の男が歩み出てくる。白と紫の衣、背には雷の紋章。人々の視線が自然とその男に集中していく。
「ラゼル様……!」
周囲の空気が、まるで雷雲の気配を孕んだかのように引き締まる。ラゼルは歩みを止め、まっすぐリューを見た。
「……リューか。まさか、お前がここに来るとはな」
その声音には懐かしさが含まれていた。だが、それはまるで、乾いた空気に浮かぶ幻のように感じられた。
「話があるなら、城に来い。歓迎しよう。旧友としてな」
ラゼルはそう言い残し、踵を返した。
「……旧友、か」
リューはその背を見つめながら、誰にともなくそう呟いた。