第五節:戦の記憶、蹄の咆哮
ミダス大河の毒霧を割って現れたのは、圧倒的な“力”の集合だった。
筋骨隆々とした上半身と、鋼のような四肢を持つ下半身。その体躯は人間の二倍近くあり、踏み鳴らすたびに大地が震えた。
百体にも及ぶケンタウロスの軍勢は、まるで戦場そのものが動いているかのような迫力を放っていた。
「数だけじゃねぇな……どれも殺気が研ぎ澄まされてやがる」
ザックが舌打ち混じりに言い、拳を握った。
その表情には怯えも迷いもなかった。ただ、怒りと、なにより深い“感覚”が浮かんでいた。
「……ザック、なぜそこまで」リューは魔剣グラムにしか聞こえないほどの小声で呟いた。
『あれは“刻まれている”のだ……記憶というより、本能に』
「俺は行くぞ、リュー。奴らは交渉の言葉を持たぬ」
ザックは一歩、前へと踏み出していた。
「こっから先は、俺の得意分野だ」
それだけ言い残すと、地面を蹴った。
大地が爆ぜる。地響きが足元から伝わる。
瞬間、巨大な身体が矢のように毒霧の中へ突っ込んでいく。
「ザック、待て!」
リューの制止は届かなかった。
ケンタウロスたちは、突如現れた人間ひとりに一瞬動きを止めた。
だが、その一人が“ただの人間ではない”と気づいたのは次の瞬間だった。
「吼えろォォォ!」
ザックの拳が叩きつけられた瞬間、前衛のケンタウロス5体が衝撃波に吹き飛ばされ肉体が崩壊した。ザックの拳を直線的に受けた生物の末路だ。
地面がめくれ、衝突した岩肌が砕け散る。
「なんだこの力は……!? 人間か、貴様……」
一体が呻く。
そのとき、背後からゆっくりと現れたケンタウロスの男が、全軍の前に立った。
漆黒の体毛に赤い入れ墨、額に飾られた金の装飾。
他のケンタウロスとは明らかに異なる、重厚な気配を放っていた。
「貴様……その姿……その剛拳……まさか……」
ザックの前に立ったその男が、目を見開いた。
「なぜ……貴様が生きている?ヘラクレスは……死んだはず……!」
ザックは眉をひそめた。
「ヘラクレス……? 誰だ、それは」
「黙れ……その声音、その眼光……そしてその力、誤魔化せるものか!
我が毒に沈んだあの男の、生き写しか……!?」
後方にいたデイアネイラが、息を呑む。
「——その声……あの顔……あれは……」
彼女の手が震え始める。
「間違いない……カノッサ……!」
ケンタウロスの男、カノッサ——その名を聞いた瞬間、ザックの拳が低く鳴った。
「カノッサ……。お前が……!」
「来い、ヘラクレスの亡霊よ。今こそ決着をつけてやる」
その宣言とともに、百体以上のケンタウロスが一斉に戦闘体勢をとった。
だが、ザックの足は止まらない。
その拳は燃えていた。
まるで、遥か昔の記憶が今、再びこの地で燃え上がったかのように——。




