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第二節:毒に咲く哀しみ

 トコ地区――。  その名を耳にした瞬間から、リューの眉はわずかに寄せられていた。研究所に表示された地図には、全域にわたって赤紫色の濃霧が立ちこめており、空間魔力の測定値はほぼゼロ。生命の存在は不可能とされた“死の領域”だった。

 「この瘴気……ただの毒じゃないな。神魔の力が混ざってる」  ゼノンがモニタを睨みながら呟いた。

 「じゃあ、そこに核があるってことか」  リューは短く言い、隣で息を止めるように口元を覆ったカイに目をやった。

 トコ地区は数年前から瘴気の影響で完全に閉鎖されており、公式記録にも生存者の報告はない。神魔すら立ち入れない“異常区域”として放置されていた。

 「侵入は可能か?」

 「普通の手段では無理だな。防壁もすぐに腐食される。生体防御の強いお前たちでも1時間くらいが限界だと予測している」

 ゼノンの見立てに、リューは腕を組んで考え込んだ。

 そのときだった。  隅で黙っていたカイが、小さく呻き声を上げる。

 「っ……な、何か……背中が熱い……」

 「カイ?」

 リューが慌てて近づこうとしたそのとき、カイの背後にふわりと影が浮かび上がる。それはまるで黒い霧のような、しかし確かな輪郭をもった“影”だった。

 「……メギ?」

 影神魔――カイが新たに生んだ存在。名をメギという。

 その影はゆらりと揺れると、周囲の空気を舐めるように漂いはじめた。そして、信じがたい現象が起きた。

 モニタに表示されていた瘴気濃度が、メギの周囲だけピタリとゼロに収束したのだ。

 「……まさか」  ゼノンが目を見開いた。

 「メギ……瘴気を、打ち消してるのか?」

 リューの声に、カイは驚いたように肩を震わせた。

 「わからない……でも、あの場所、行けるかもしれない……」

 ***

 トコ地区への突入は、ギリギリの綱渡りだった。  瘴気の中に踏み込んだ瞬間、空気はまるで液体のようにねっとりと絡みつき、肌を焼くような刺激がリューたちの感覚を鈍らせていく。

 しかし、カイの背後に浮かぶ影――メギの周囲だけは奇妙な静けさを保ち、狭いが安全な通路を作り出していた。

 「……ほんとに歩けるんだな」  ザックが感心したように呟き、前方を歩くリューを見やった。

 「カイ、無理はするな。範囲が乱れたら一気に呑まれるぞ」

 「うん、でも……なんか、不思議と平気。怖くない」

 メギは言葉を発さない。ただ淡々と瘴気を押し返しながら前進していく。その様は、まるで影そのものが意思をもって彼らを導いているかのようだった。

 瘴気の森を抜け、薄く開けた空間にたどり着いたとき、リューたちは立ち止まった。

 そこは、信じられないほど静かだった。  

 中心にただひとり、紫の長衣をまとった美しい女性が、虚空を見つめて立っていた。

 毒姫魔――デイアネイラ。

 その姿には守護の結界も、従者も、敵意もなかった。  

 それどころか、こちらに気づいても微動だにしない。

 「……まるで、何かを……待ってたみたいだな」  リューが呟いた。

 「ん……? なんか俺を見ている気が」 ザックが眉をひそめたその瞬間。

 「間違ってもお主の顔はみないだろ」 魔剣グラムが呟いた。

 「ああ!?」ザックがグラムをにらみつける。

 デイアネイラの瞳が、ザックの姿をとらえた。

 「——っ!」

 彼女は瞳を見開いたかと思うと、静かに両腕を広げ、震える声を漏らした。

 「……我が愛しき人よ……」

 次の瞬間、彼女はザックに向かって駆け出していた。


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