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第五節:黒煙の地、炎柱魔

 神域――それは単なる地形の異常ではない。空気が重く、音が鈍く、存在しているだけで身体が削られる。

 シーカツカ地区。かつて栄華を誇った科学都市は今、プロメテウスの怒りによって黒煙と火山灰に包まれた死地と化していた。大地は焼け爛れ、空には赤黒い裂け目が浮かび、常に焦げた臭いと低周波のうなりが空間に満ちていた。

 リューたちは、転送拠点から地熱トンネルを経由してシーカツカの外縁に降り立った。踏み出した瞬間、彼の皮膚からじわりと汗が滲み、呼吸するだけで魔力が削がれていくのを感じる。

「……たしかに、これは長くは保たないな」

 ゼノンは転送装置のデータを確認しながら、冷静に分析した。

「この領域の空間構造そのものが“魔力吸収フィールド”になっている。プロメテウスの神域は、ただ立っているだけで我々のエネルギーを喰う。時間との勝負になる」

「それでも、行くしかないんですよね?」

 カイが小声で言った。彼の装備には簡易的な補助機構が仕込まれているが、それでも目に見えて魔力の消耗は激しかった。

「無理はするな、カイ。まだその”体”に慣れてない。お前は今回、後方支援だ」

 リューが言うと、カイは黙ってうなずいた。

 ゼノンが全体の戦略を口にする。

「いいか。目標はプロメテウスではない。あれは今の戦力では無理だ。だがこのシーカツカには、プロメテウスの神威に引き寄せられた中級神魔が3体、滞在している。イフリート、メランド、フレア……それぞれ、強力な属性と独自の領域を持っている」

「そいつらを倒せと?」

「そうだ。3体でおそらく一人分のダークエネルギー核くらいは回収できる。現時点で可能な限りの効率だ。まずは、彼らを各個撃破して核を確保する」

 リューは頷いた。たしかに、プロメテウス本体に挑むにはまだ早い。

 グラムが低く唸った。

『本来、我に斬れぬものはない。ジグルドであれば、3体など瞬きのうちに断っていた……だが今のリュー、お前には“経験”が足りぬ。』

「……わかってるよ。だが、経験は積めばいい。喰らって、学んで、糧にする」

『その意気だ。今の貴様に必要なのは、敗北ではなく“咀嚼”だ。神の血と戦火で肉体を鍛えろ』

 その言葉に、リューの手が自然と剣の柄に触れる。

 ゼノンは地図を広げながら続けた。

「3炎柱魔の居場所は、ある程度特定してある。まずはイフリートだ。灼熱の裂谷に巣食っている。炎属性、接近戦型、広範囲熱波。だが領域支配の精度は甘い。奇襲をかければ、撃破は可能だ」

「……言語思念は通じるのか?」

「難しいだろう。黒いロゴスによって精神が塗り潰され、原初的な本能で動いている。言葉も理性も通じない。こちらの意思が届かぬなら、剣で語るしかない」

 リューは空を見上げた。黒煙がうねるその先、何かがこちらを見下ろしている気配がある。遠くで轟く咆哮は、炎ではなく“何かの存在”の鳴き声だった。

「やるか」

 リューが前を向くと、カイが控えめに言った。

「僕にできることがあれば、言ってください」

「背中を任せる。それで充分だ」

 リューは静かに歩き出す。足元の地熱板が軋み、足音とともに白煙が舞った。

 その後ろで、ゼノンが淡々とつぶやいた。

「神を倒すには、神に触れなければならない。お前がその一歩を踏み出すなら、ここが始まりだ、リュー」


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