第四節:黒煙の地、シーカツカへ
風に乗って届くのは、遠い地からの焦げたような匂いだった。
観測塔の最上階、リューたちは霞んだ地平線を見下ろしていた。
視界の先には、うねるような黒煙が空を覆い、ところどころで雷光が赤く閃いていた。
「あれが……シーカツカ」
かつてはこの大陸で最も高度な文明とインフラを誇った科学都市。
人工の地熱炉と浮遊プラットフォームによって、四季すら制御された理想都市だった。
今やその姿は見る影もない。
熱に歪んだ空気と火山灰が地表を覆い尽くし、都市機能の残骸は灰の中に沈んでいた。
「プロメテウスが完全に領域を支配している。そこが、最も濃度の高いダークエネルギー観測地だ」
ゼノンが無機質な声で告げる。手元の端末には、神殿を中心に拡がる魔力フィールドの可視化データが点滅していた。
「エネルギーの濃度は、最低でも一人分。場合によっては、複数人の召喚に匹敵する蓄積量がある」
「なぜ、この地に集中している?」
「プロメテウスの神格が影響していると考えられる。強大な神性は、周囲のエネルギーを引き寄せる。加えて、彼自身が“火”と“知”の象徴だ。知的活動の痕跡が強く残るこの場所は、彼と共鳴しやすい」
リューはしばし沈黙し、黒煙を見つめた。
かつての人類の繁栄が、いまは神の怒りに包まれている。
それは皮肉にも、プロメテウスが与えた“火”によって始まった文明の終焉だった。
グラムが鞘の中で微かに共鳴する。
『理屈では割り切れぬな。だが、確かに感じる。あの地には“神の力”と“憎しみ”が同居している』
「近づくだけで危険だろう?」
リューの問いに、ゼノンはうなずく。
「熱、毒性ガス、重力異常、精神干渉……通常の装備では耐えられない。最低限、魔力遮断フィルターと神格反転処理を済ませる必要がある」
「準備には……どれくらいかかる?」
「あと二日。それ以上は引き延ばせない。プロメテウスの神殿が“完全な神域”になれば、人間は近づくだけで意識を失うだろう」
「それでも、行くしかない」
リューの声は低かったが、揺るぎなかった。
彼は剣に手を添えたまま、黒煙の方向を睨む。
シーカツカにあるのは、ただのエネルギーではない。
神の怒りが、そこに具現化している。
「……“怒り”に触れることが、鍵になる気がするんだ」
カイが静かに口を開いた。
「プロメテウスは、なぜ火を与えたのか。なぜ後悔し、なぜ今、人類を滅ぼそうとしてるのか……それを知ることで、何かが見えるかもしれません」
リューはカイを見やり、小さくうなずいた。
たしかに、この戦いは“戦う理由”を問うてくる。
それが神という存在なのだ。
「ルートはどうする?」
「地下送熱管を通る。旧都市の遺構に紛れて、神殿近くまで接近できるルートを見つけた。ただし崩落の危険が高く、熱の流れを読み違えれば、全滅する」
「そして…今の戦力だとプロメテウスからダークエネルギー核を得る可能性は限りなく低い」
ゼノンが呟く。
「……覚悟がいるな」
リューがそう言うと、ゼノンもグラムも何も言わなかった。
ただ、静かに各々の持ち場へと歩き出した。
遠くで雷鳴が鳴った。まるで、神が次の審判の準備をしているかのように。
リューは深く息を吐いた。恐れはあった。だが、その奥に確かにあったのは、抗う意志だった。




