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第三節:プロメテウスの目覚めと怒り

 …意識が還る。

 それは熱ではなく、冷たい疼きだった。

 プロメテウスはゆっくりと眼を開いた——まぶたすら持たないはずのその感覚器官が、世界の輪郭を捉える。

 重たい。

 空気が。皮膚が。存在するということが、あまりにも重い。

 彼は、再び地上にいた。

 身体を動かす。だが、内部には何もない。

 空っぽだ。心臓の鼓動はない。血液も、神経も、肉体の芯に宿る神核すら、削がれている。

(……まただ)

 内臓がえぐられたような痛みが、何度も彼の中心を焼く。

 かつて科せられた罰——炎を与えた“救済”の代償。

 日々鷲に臓腑をついばまれ、再生と破壊を繰り返す果てに、彼は自分が何者かを見失った。

(俺は……なぜ、またこの地に?)

 誰が彼を呼んだのかはわからない。

 だがプロメテウスには確かに感じ取れた。“何か”が、彼を引き戻したのだ。

 それは求める声ではなかった。懇願でもなかった。

 ただ、空白を埋めるような“渇望”だった。

(人類……)

 脳裏に、過去が断片のように蘇る。

 火を与えた日。

 凍える夜に光を得た者たちの歓喜の声。

 無力だった種が、道具を手に取り、言葉を持ち、社会を築き……やがて神をも恐れぬ存在となった。

 そして彼らは、己を欺き、神殿を焼いた。

 誓約を破り、禁忌を侵し、神を裏切った。

(与えるべきでは、なかった)

 プロメテウスの内に芽生えたそれは、悔恨ではない。

 復讐でもない。

 ——怒りだ。

 それは原初の熱に近い。火そのものの性質。

 彼の身を焼き尽くした苦痛が、いまや怒りとして、濁流のように神経の代わりに脈動していた。

「ゼウス……貴様の裁きは……正しかったのか」

 独り言が空に滲む。

 この世界はまだ生きている。愚かで、無知で、快楽に溺れ、それでもなお繁栄を望む人類が、いまだ息づいている。

「おまえたちは、選ばれたはずではなかったか……!」

 地を踏みしめる。その一歩ごとに、熱が漏れ出す。

 皮膚の下を流れるのは、もはや血ではない。赤く燃える、灼熱。

 言葉を持たぬ神意が、彼の足元に亀裂を刻み、黒煙を立ち昇らせる。

 プロメテウスの眼差しが遥か遠く、地平の果てへ向けられる。

 そこには、文明があった。

 “火”が存在している場所すべてを滅する。

 神々のもたらした火ではなく、人類が盗み、歪め、隠した知と力の痕跡。

「始めよう。火を与えた俺の手で、今度は火で全てを焼き尽くす」

 言葉はもはや誰に向けられたものでもない。

 だが確かに、空が震えた。

 プロメテウスの足元に赤く崩れた岩盤が落ち、地表が黒く変色する。

 怒りに反応するように、大地は応えた。

 神が歩むごとに、火山灰が舞い、溶岩の亀裂が走る。

 自らの存在を再定義する。

 救済者ではない。守護者でもない。

 ——粛清者として。

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