第三章 シーカツカでの覚醒 第一節:召喚と再会
"I am the resurrection and I am the life
I couldn't ever bring myself to hate you as I'd like"
「私は復活であり、命そのもの。
憎もうとしても、心の底から憎めはしなかった。」
— The Stone Roses「I Am the Resurrection」
重い扉が閉じると、研究所の中は再び静寂に包まれた。無機質な金属の床が足音を吸い込み、遠くの機械が微かに唸りを上げている。リューは、黒く渦巻く小瓶を片手に、操作台の前に立った。
瓶の中には、ダークエネルギー——その性質も、由来も、未だ曖昧なままだ。ただ一つ確かなのは、それが“代償”であるということだ。
「一人分は回収した」
リューが短く言うと、背後の扉が開き、ゼノンが無言のまま歩み寄る。彼は無造作に瓶を受け取り、端末に入力を始めた。白衣の袖から覗く義手が、冷たく光る。
「理論上、これで一体の召喚が可能だ。ただし……どの“魂”が応じるかは選べない。ダークエネルギーが呼び寄せるのは、“器”と相性の合う存在に限られる」
ゼノンの説明に、リューは小さくうなずいた。
「器の候補は?」
「現時点で製造済の器は構造的に不安定だ。アリスは精神リンクにまだ問題がある。ロサンジェラとザックも適合率が低そうだ。唯一安定しているのは、カイの器だ」
「……じゃあ、カイに賭けよう」
ゼノンは端末に最終指示を打ち込んだ。システムが作動を開始し、ダークエネルギーが管を流れていく。ガラスの向こうで、冷却されたカプセルが淡く脈打ち、仮死状態にあった“器”が反応を示した。
カプセルの内部で、少年の身体が微かに揺れた。まるで遠い記憶のなかから、誰かの呼び声を辿るように。
やがてその瞼が、ゆっくりと開かれる。
「……ここは……?」
リューは静かにカプセルの扉を開き、中に手を差し伸べた。
カイの目が、わずかに驚きに揺れる。だが次の瞬間には、落ち着いた声で言葉を返した。
「リューさん……生きてたんですね」
「なんとか、な」
カイは身体を起こし、周囲を見渡す。機械音、冷たい空気、そして目の前にいる男。そのすべてが現実であることを、彼は一瞬で理解していた。
リューは肩をすくめ、少し自嘲気味に笑う。カイはその様子をしばらく見つめ、何かを計算するようにまばたきを一つ落とした。
「生きてるなら……理由はあとで聞きます」
無駄に動揺せず、必要以上に詮索しない。それがカイらしかった。ポッドから身を起こすと、彼は静かに足を床へと下ろした。
リューの腰に差された剣が、わずかに共鳴音を放った。その瞬間、重々しい声が響く。
『この少年……妙な香りを帯びている。否……これは、“神”の気配だ。しかも……メジェドの』
魔剣グラムの声音には、明らかに警戒が混じっていた。
「メジェド……?」
リューはその名に聞き覚えがなかった。
一方、端末を操作していたゼノンの手が止まる。
「……名は知っている。メジェド。古代神群の中でも、とりわけ謎が多い存在だ。顔を隠し、ポンチョのような衣をまとった神。時空すら超越し、どの神族にも属さない。記録の中では“観測不能な存在”とされている」
「そんな神が、カイに?」
ゼノンは静かに首を振った。
「わからない。だが、グラムがそう感じるということは、何かが確かに宿っているんだろう」
リューはカイを見やった。彼の瞳の奥に、かつての純粋さとは異なる、深い色が宿っているのを感じた。
「……夢の中で、女の人に会った気がします。『迎えに来た』って言われて。気味が悪いはずなのに、不思議と安心して……」
「それで?」
「気がついたら、思考が……現実になっていた。時が止まった気がして、あれは夢じゃなかった。多分」
ゼノンは目を細める。
「思考が、現実に作用した……?」
グラムもまた低く唸る。
『これは因果律の逸脱だ。通常の魔術ではありえん。もしや……この子は……』
言葉は続かなかった。だが場に漂う緊張は、確かに濃くなっていた。
カイはその沈黙の中でも、騒がずに立ち上がった。自分に何が起こっているのか、まだわかっていない。だが、進むべき道があることだけは確かだった。




