第五節:語り継がれる剣
静寂が戻った戦場に、風が砂をさらっていく。倒れ伏した異形の魔物は、黒く煤けた残骸となって地に沈んでいた。リューはひとつ息を吐き、グラムを地に突き立てた。
「……終わったな」
その刹那、剣から低く澄んだ声が響いた。
『否、始まりだ。我が記憶の封、いまようやく開かれる』
剣が、語り始めた。
その声音は重く、どこか懐かしさすら帯びていた。リューは言葉を挟まず、ただ耳を傾ける。
『かつて、我が主であったシグルズは黄金を得て王となった。だが、富は人を変える。王としての責務よりも、欲望が勝ってしまったのだ』
グラムの言葉に、かすかな悲哀が滲む。
『側近の裏切り、民の不信、王座を守るための暴政──彼の最後は、剣ではなく孤独に呑まれた。だが、それでも……最期の瞬間に、彼は己の過ちを認めた。己が刃に貫かれ、死の間際に語ったのだ。「我が愚かさを、次に継ぐ者へ伝えてくれ」と』
リューはその言葉を胸に刻むように頷いた。
「……あんたは、その言葉を守り続けてきたんだな」
『ああ。剣として語ることは許されなかったが、今ようやくその使命を果たせる。リュー=エルバレストよ、我が力はこれより、おまえと共に在る。主の意志と、我が誓いにかけて』
その瞬間、グラムの刀身が一瞬、白銀の光を帯びた。魔剣は、主を得たのだ。
だが、語りは終わらない。
『この地に再び目覚めたとき、我が記憶は霧に覆われていた。ジグルドもまた、同じく目覚めていた。なぜ我らが再びこの世界に顕れたのか、その理由は……』
グラムの声音が揺れる。思考の奥底に沈んでいた何かが、鈍い光となって浮かび上がる。
『──思考の中に、響いた声があった。「地球の人類を滅ぼせ」。それは命令にも似た、黒いロゴス。だが、誰が、なぜそのような言葉を刻み込んだのか……その正体には、未だ霧がかかっている』
声はそこまでだった。まるで強制的に遮られたように、グラムの語りが途絶える。
『……思い出せぬ。否、“思い出せぬようにされている”のかもしれぬ。まるで、鍵を持たぬ扉のように。黒い何かが、我が記憶の深奥に蓋をしている』
「無理はするな。語れる範囲で十分だ」
リューはそう言って剣を握り直す。グラムが彼に宿ったこと、そしてその中に何か異質な干渉があること──それは今後の旅路において、決して無視できぬ要素だった。
そのとき、空が鳴った。黒雲が西の空へと流れ、雷鳴が遠ざかっていく。戦いは終わり、再び“静けさ”が戻ってきた。
リューはダークエネルギーの残滓が収束していくのを感じ取ると、それを小瓶へと封じる。
「これで、一人分……か」
彼の言葉に応じるように、グラムが小さく共鳴する。
『一人……仲間を呼び戻すのだな?』
「ああ。かつて共に戦った者たち。こちらの世界に呼ぶには、ダークエネルギーが必要だと師は言っていた」
リューの目に、確かな決意が宿る。
その先の言葉を告げる前に、彼はゆっくりと歩き出した。かつての仲間たちを呼び戻し、失われたものを取り戻すために。
そして──いずれ、黒いロゴスの正体に辿り着くために。




