第四節:英雄の誇りと竜の絶望
洞窟を揺るがす咆哮のあと、ドーエ川の地底を走る地脈が軋みを上げた。岩肌がひび割れ、天井の鉱石が次々と崩れ落ちていく。竜シグルズの目が、再び狂気の色に染まっていた。
「やはり……理性は、一時のものか」
リューは剣を構え直した。先ほどまで人の声を取り戻しかけていた竜は、今や再び黄金の霧と欲望に呑まれ、その巨体を暴れさせていた。地底に溜まった魔素が暴走し、洞窟全体が揺れている。
──彼の心に巣食うのは、裏切られた悲しみと、得たはずの富への執着。そして、すべてを覆い隠すほどの絶望。
「……だけど、あんたの声は、届いてた」
リューの足元に、魔剣グラムが静かに光を放つ。
──「彼の核へ、届くはずだ。もう一度、写し出せ」
模倣魔法。再び構文式がリューの中で点滅し、魔素が暴れる地脈を逆流するように駆け上がる。
「もう一度だけ……あんたの“記憶”を、俺に見せてくれ」
リューは竜の胸へと魔力を打ち込む。空間が軋み、白光と共に幻影が生まれる。
それは、かつてシグルズがまだ“人間”だった頃の最後の記憶だった。
──黄金の間で、王に背を向ける騎士。民の笑顔を守るために剣を振るった男の、誇り高き背中。彼はたしかに、人のために戦った。
だが、その記憶の最後に映るのは、民の冷たい視線と、王の裏切りの言葉。
──「お前の忠義など、所詮は金で買える飾りだ」
その瞬間、彼の心にひびが入ったのだろう。自らを守る殻として、欲望の竜が生まれた。
「……それでも、あんたは……っ!」
リューは魔剣を握りしめ、駆け出す。
暴走する竜の咆哮が、天井を突き破る。濁流と化したドーエ川が押し寄せ、全てを飲み込もうとする中、リューは崩れ落ちる岩を避けながら突き進んだ。
「これで……終わりにしよう!」
模倣魔法の力で再現した“人間・シグルズ”の姿を、竜の目前に映し出す。その幻影が静かに語りかける。
──「私の名は、シグルズ。かつて、この国を守った騎士」
竜の瞳が揺れる。咆哮が止み、全身が小刻みに震え始めた。
「戻れ、シグルズ……お前は英雄だった。誰にも認められなくとも、その誇りは、ここに残ってる」
魔剣グラムが輝きを増す。竜の喉元へ、剣が届く。リューは全力で飛び込んだ。
斬撃が、静かに放たれる──心臓を貫くことなく、幻影の“記憶”が彼を包むように染み込んでいった。
そして、竜の巨体が崩れ落ちる。咆哮はやがて呻きに変わり、最後には、静かな吐息だけが残った。
「……ありがとう……」
かすれた声が、空洞に響く。それは、人の声だった。
リューは膝をつく。身体のあちこちが裂け、魔力も底をついていた。
「……終わった、のか」
魔剣グラムが、静かに地面に突き刺さった。
──「彼は、最後に自分を取り戻した。誇り高き騎士としての最期を、共に見届けられたことを、我は誇りに思う」
グラムの声が、リューの意識に染み込むように響く。
「ありがとう、グラム……あんたも……英雄だったよ」
ふらつく体を起こしながら、リューはポッドを取り出す。戦いの果てに残った“ダークエネルギーの核”が、空間の中心に浮かんでいた。
それを封入するように、ポッドが自動的に起動し、淡い光を放ちながらエネルギーを吸収していく。
任務の一つ──完了だ。
リューは立ち上がり、最後にもう一度だけ倒れた竜の亡骸を見つめた。
「安らかに、眠ってくれ。ドーエの英雄──シグルズ」
彼の言葉に応えるように、黄金の霧が、静かに散っていった。
※ユニークユーザー1000人突破したので、第一部の電子書籍出版中
https://amzn.to/40U3CsQ




