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第二節:黄金に呑まれし者

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 リューが足を踏み入れたその場所は、“黄金の洞”と呼ばれるにふさわしい異様な空間だった。

 ドーエ川の地下水脈。その奥に広がる巨大な空洞には、天井から無数の金色の鉱脈が垂れ下がり、足元には古代文明の貨幣、宝飾品、王冠──欲望のすべてが、何の秩序もなく打ち捨てられていた。

 濃密な魔素に満ちた霧が、黄金の粒子を含んで揺らめく。空気を吸うたびに、胸がざらつき、視界がにじむ。魔素はノアの世界で慣れたそれとは異なり、ねっとりと絡みつくように体内へ侵入してくる。

 「……ここだけ、異質だ」

 リューは小さく呟きながら、霧の中心へと歩を進めた。

 そのときだった。洞窟の奥、宝物の山の中央がわずかにうねった。

 ずるり……という、肉の擦れるような音。

 黄金の山が、ほんの少しだけ膨らむ。そして──次の瞬間、それが“呼吸”であることに気づく。

 「……目覚めた、のか」

 リューがそう呟くや否や、空間を震わせる轟音が鳴り響いた。

 咆哮。それは空気すら裂くほどの威圧を伴い、黄金の霧を吹き飛ばす。巨大な影が、宝の山から姿を起こす。

 全身を黄金に包み、鱗は剣のように尖っていた。瞳はかつて知性を宿していたであろう空洞に、今は狂気のような光を宿している。

 ──ドーエ川の竜、シグルズ。

 その姿は、リューが記録映像で見た騎士の面影を完全に失っていた。槍を構える凛々しさも、仲間と笑い合う優しさも、そこにはなかった。ただ、黄金と力を貪る“飢え”が、すべてを覆っていた。

 「お前が……英雄だったなんて、信じられないな」

 リューは魔力を練る。だが、やはりうまくいかない。地上世界に戻ってからというもの、ノアでの力はまだ完全には戻らない。

 咆哮とともに、竜が尾を振るった。

 突風のような衝撃が走り、リューの体が吹き飛ぶ。岩に激突し、口から血が滲む。

 「くっ……魔法が……」

 リューの手に集めたはずの模倣魔法の魔素が、かき消されるように消散していく。

 この世界では、魔法の“完成”には経験と共鳴が必要──そう、ゼノンに聞かされていた。リューが模倣した技術や魔法は、この世界の魔素に十分適応していないのだ。

 「それでも……やるしかないんだ!」

 立ち上がろうとしたそのとき、彼の背に何かが呼びかけた。

 声ではない、共鳴するような意識。

 ──「懐かしき思いを抱かせる物よ、我を、握れ」

 振り返った先。崩れた宝物の山の中から、一本の剣が突き刺さっていた。

 柄には刻印があり、刀身からは微かに霧を裂くような清涼な気配が漏れている。剣だけが、この地の腐臭を拒絶していた。

 ──「我を握れ。闇に呑まれたかつての友を、どうか解き放ってほしい。そして……別れを告げたい」

 それは、魔剣グラムの“意志”だった。声なき声が、リューの心にじかに語りかけてくる。

 「……!」

 リューは手を伸ばす。剣を掴んだ瞬間、全身に雷のような衝撃が走った。剣と彼の魔素が融合し、かつての記憶が流れ込んでくる。

 それはシグルズと剣が共に歩んだ“英雄の記憶”。

 「そうか……お前は、彼と共にあったのか」

 騎士としての誇り、剣を抜いた意味、仲間への想い──すべてが刃に宿っていた。

 リューは剣を構え、再び竜と対峙する。

 「お前の名に、終わりを告げる。英雄シグルズ──これは、お前のための戦いだ」

 黄金の洞に、再び雷鳴のような咆哮が轟く。

 リューは剣を掲げ、そして地に蹴りを打った。

 戦いは、ここからが本番だった。

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