表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/101

第五節「旅立ち──ドーエ川へ」

 霧雨のような粒子が立ちこめる地表に、リューはゆっくりと足を踏み出した。

 外気は鋭く、人工の大気では補えない乾いた感覚が肌を刺す。地上世界──それは、彼がかつて生きていたノアとは似ても似つかぬ、色の失われた荒野だった。灰色の空。崩れた高層ビルの影。草一本生えず、風の音すらどこか人工的だった。

 「……空気が重いな」

 リューは思わずつぶやき、胸の内に眠る魔力をそっと呼び起こしてみた。かつてなら、周囲の魔素を捉え、自在に編み込むことができたはずだった。

 だが、今は違う。魔力の流れは鈍く、手にしたい術式は霞のように輪郭を結ばない。試しに小さな〈風刃〉を生み出そうと指先に集中を集める。数秒の沈黙の後、生まれたのは──まるで初学者のような、不安定な刃だった。

 「これが……今の俺の力か」

 自身の“魔法の核”が弱まっているという感覚。それは、単にこの世界の環境のせいだけではなかった。

 後方の通信ユニットから、ゼノンの声が届く。

 《魔法は、ただの記号では再現できない。お前の魂の記憶と“闘いの履歴”が必要だ。》

 リューはその言葉の意味を思い出す。シミュレーション世界・ノアで、彼は幾多の強敵と対峙し、模倣魔法を極限まで鍛え上げた。敵の術を瞬時に写し取り、より鋭く、より正確に再構築する──その境地に至れたのは、敗北と傷と決断の果てだった。

 だが今、地球に戻った彼の肉体は“魂のデータ”を移された存在に過ぎない。記憶はあれど、技術は封じられ、力は退化していた。

 「取り戻すしかない……闘いの中で」

 リューは手にした黒曜石のポッドを見つめた。これに満たすべきは、単なるエネルギーではない。戦いの記憶。魔法の真髄。それが、この世界に魔法を呼び戻すための鍵なのだ。

 地図に記された目的地──ドーエ川。その底に、貪欲の竜・シグルズが眠っているという。ゼノンの言葉を信じるならば、彼のもとにはダークエネルギーの核が存在する。

 だがそれは同時に、最も強大な敵と相まみえるということでもある。

 「かつての俺なら……と思うが、それに甘えていてはきっと勝てない」

 かつての力を誇るのではなく、今の力を鍛えるしかない。そう自らに言い聞かせながら、リューは瓦礫を踏み越えて進み出した。

 道中、彼の目には異形の影が映る。巨大な羽根を引きずる神魔の群れ。廃都市の地下に潜む黒煙の獣。彼らは明らかにリューの存在に気づきつつも、今はまだ動こうとしない。ただ、遠巻きに、彼を観察していた。

 「時間は……ないな」

 リューは通信装置のレシーバーに触れ、ゼノンに呼びかけた。

 「聞こえるか、師匠。ドーエ川へ向かう。途中の拠点には立ち寄らない。寄り道をしている時間はない」

 《了解した。だが、お前の体はまだ完全ではない。慎重に動け。無理は──》

 「無理は承知の上だ」

 声を遮ってリューは歩を速めた。失った力を、取り戻すには“ぶつかる”しかない。そして、自身の魔法が通じるか否か、それを最初に試すにふさわしい相手が、ドーエ川の底で待っているのだ。

 かつて英雄と呼ばれ、今は竜と化したシグルズ。

 ──ポッドを満たす最初の核。

 ──魔法の再生と、仲間の召喚。

 そのすべてが、この“戦い”にかかっていた。

 「俺は、あの世界から来た。人間がまだ夢を見ていた、世界から──」

 リューは灰の舞う空を仰いだ。

 「それを、もう一度この世界に取り戻す。それが、俺の役目だ」

 そして、彼の歩みは、遠くうねる川の気配へと向けられていった。

 ドーエ川の底に眠る試練が、彼を迎えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ