第四節「魔法と科学の交錯点」
リューは、無機質な通路を師ゼノンに導かれながら歩いていた。壁には無数のホログラムと数式、解析映像が浮かび、かつて魔法と呼んでいた現象の“背後”を暴こうとしていた。だが、そのどれもが、リューには“魔法”そのものには見えなかった。ただ、世界の“仕組み”を、別の視点から覗いているような感覚だった。
「ここが、我々の研究中枢だ」
ゼノンが立ち止まり、前方の扉が静かに開く。そこは、まるで祭壇のような空間だった。中央には巨大な水晶柱がそびえ、その周囲を取り巻くように六角形のステーションが並んでいる。柱の中には、青白く揺らめくエネルギーの流れが螺旋状に渦を巻いていた。
「この水晶──“因果演算柱”と我々は呼んでいる。魔法をこの世界に再現するための中核だ」
リューは目を細めた。「魔法を再現する……?」
「そうだ。お前がノアで使っていた“模倣魔法”も、因果演算によって再現可能であると我々は突き止めた。ただし──」
ゼノンは足元の台座に手をかざした。すると、水晶の周囲に複雑な魔法陣が浮かび上がり、点滅を始める。
「この演算柱を稼働させるには、膨大な量のダークエネルギーが必要だ。そして、それは我々の手には届かない。今や、神魔と呼ばれる存在たちが地球中の魔力源を占有している」
「つまり……それを取り返さなければ、この技術も、仲間を呼び戻す計画も──」
「すべて、絵空事のままだ」
ゼノンははっきりと告げた。
リューは視線を柱からゼノンへ戻す。自身の魔法が、理論によって裏打ちされ、再現されようとしている現実。それは、魔法という神秘が解体される瞬間でもあったが──同時に、それを支える新たな“科学の意志”のようにも感じられた。
「……科学の力で、魔法を取り戻すのか」
「あるいは、魔法を科学に還元するのか。だがどちらにせよ、お前の存在は鍵だ。お前の記憶、行動、そして魂そのものが、この演算柱に必要な“核”となる。だからこそ──」
ゼノンはリューに向き直り、声を低くした。
「お前には、最初の任務を与えねばならない」
「任務……?」
「神魔“シグルズ”を討て」
ゼノンの言葉に、空間に映像が展開された。そこには、巨大な川の底に鎮座する龍の姿が映し出される。全身は黄金に覆われ、鱗の隙間から絶え間なく黒い霧を放っている。口元には人の言葉を刻んだかのような表情が浮かび、目は、かつての“知性”の名残を感じさせた。
「彼はかつて、シグルズという名の英雄だった。だが、富と力への執着が彼を変えた。今では、ドーエ川の底に潜む“貪欲の竜”として、あらゆるものを飲み込んでいる」
「なぜ、そいつなんだ」
「彼が眠る領域には、最も安定した“ダークエネルギーの核”が存在する。奴が守っているのだ。おそらく、無意識に自分の失った人間性を護るようにしてな」
リューはゆっくりと息を吸った。かつての英雄と対峙し、その中から何かを取り戻す──それは、ただの討伐ではない。失われた理想と、今の混沌を繋ぐ“問い”そのものだった。
「俺が行こう」
「……その言葉を聞けて、私は嬉しい」
ゼノンはリューに向かって小さくうなずいた。そして、傍らの台座から黒布に包まれたものを取り出す。
「これは、“ポッド”だ。ダークエネルギーを回収し、演算柱に流し込むための媒体だ。お前の旅は、これを満たすことから始まる」
リューは静かにそれを受け取った。黒布の中から現れたのは、手のひらに収まる程度の黒曜石のような容器だった。だが、触れた瞬間、体内の魔力がわずかに振動する。これはただの器ではない。“エネルギー”そのものを蓄えるためのものだ。
「……わかった。すべて取り戻してみせるよ。魔法も、仲間も、人間の未来も」
ゼノンの顔に、わずかな安心の色が差した。
「では、リュー=エルバレスト。お前の旅の第一歩が、ここから始まる──」




