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第一章 第一節:金属の棺と静寂の目覚め

“Fate leads the willing, and drags along the unwilling.”

運命は、それに従う者を導き、逆らう者を引きずる。

──セネカ『ルキリウスへの手紙』第107書より


 目覚めは、まるで水の底から浮かび上がるような感覚だった。

 リューの意識が薄く開き始めたとき、最初に感じたのは“音のなさ”だった。世界は異常なまでに静まり返り、自分の呼吸音さえも遠く聞こえる。まぶたを開けようとしたが、まるで石のように重く、顔に貼りついた何かがそれを邪魔していた。金属のような質感の仮面、それが額から頬にかけて接着されている。

 体を動かそうとするたび、鈍い金属音がどこからか返ってくる。手足には細かな管が幾重にも絡みつき、胴体には冷たいプレートのような装置が貼り付いていた。機械的な拘束。無理に外そうとすれば、痛みが走る。

 彼は目を開いた。

 視界に飛び込んできたのは、天井一面に広がる鈍い銀色の壁と、わずかに明滅する青白い光。そこは無機質な、まるで“棺”のような空間だった。天井は低く、壁は滑らかすぎて出口らしきものは見当たらない。自分がどれほどの時間、ここにいたのか分からない。けれど、直感だけが告げていた──とてつもなく長い時間が過ぎている、と。

 「……ここは、どこだ……?」

 喉を震わせた声はかすれ、空間に吸い込まれていく。反響すら起こらない密閉空間。まるで、音さえも逃がさぬよう設計された監獄のようだった。

 手足の拘束を確認しながら、リューは徐々に体を動かし始めた。右腕が自由になると、無理やりに仮面のような装置を引き剥がす。鼻腔に広がったのは金属臭と薬品の混ざった空気。肺が痛むほど、久しく呼吸をしていなかったことに気づいた。

 壁面の一部に、小さな継ぎ目を見つける。そこに手を当てると、無音のまま、すっと壁が横にスライドした。眩い白色光が差し込み、視界を焼く。その光の先には、延々と続く白い廊下があった。天井から吊るされたライトが無人の通路を照らしている。

 リューはよろめきながら棺を抜け出し、冷たく硬い床に足を下ろした。足裏に感じる微妙な震え。それはこの建物全体が稼働している証だ。だが、誰の気配もない。機械の動作音と冷気だけが、延々と耳にまとわりついてくる。

 「……誰か、いるのか?」

 返事はない。だが、彼は確信していた。ここは生きている。眠っている間にも、この施設は動き続けていたのだ。

 彼はゆっくりと廊下を進み始めた。壁には何の装飾もなく、機能性だけを追求した無機質な構造。その中で、彼の記憶は曖昧なままだった。

 塔、仲間たち、カイ、ロザンジェラ……確かに彼らと共に戦っていたはずだった。あの封印の門で、何か大きな衝撃を受け、そして……意識を失った。

 ――カイは無事か?

 突然、胸の奥に鈍い焦燥が湧き起こる。あの世界はどうなった? カイの体は? ロザンジェラは、ザックは、アリスは?様々な想いと思考が錯綜する。

 彼が想いを巡らせていると、突如、廊下の先に設置された扉が自動で開いた。その奥には、円形の部屋が広がっていた。中央には一つの巨大なモニター。その画面がゆっくりと点灯し、最初に映し出されたのは、惑星のような球体。美しくも、どこか見覚えのある地形。

 ──それは、リューがいた世界だった。

 続いて画面が切り替わる。崩れ落ちた都市、高層ビルの残骸、そして異形の影がうごめく廃墟。そこは、リューがかつて知っていた“世界”ではなかった。

 その時、モニターの片隅に一つの映像が映る。白衣をまとい、仮面のようなマスクをつけた人物。どこか見覚えのある背中──。

 「……ゼノン……?」

 その名を呟いた瞬間、リューの意識が再び強く収束していく。かつての師。彼はここにいる!?


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