最終節 「継ぐ者たち、目覚める者」
戦いが終わった。
塔を包んでいた光の波は消え、空には雲が戻っていた。
あれほど膨れ上がっていた信仰の熱も、いまは跡形もなく消え、地には祈りの屍だけが残されている。
リューの姿は、どこにもなかった。
封印の扉は再び閉じていた。だが、完全ではない。ほんのわずかに、誰かの意志の痕跡だけが、そこに焼きついていた。
「生きてる……でも、深く眠ってる。」
ロサンジェラが子供の頬に手を添えながら呟いた。
彼らは目を閉じ、ゆっくりと呼吸していた。命の火は残っている。けれど、それはか細い。魔力の器として酷使された痕跡が、身体のあちこちに残っていた。
「手は尽くす。何もできませんじゃ……リューに顔向けできねぇ」
ザックが子供をそっと背負い、崩れた結界の外へと歩き出した。
その背は、いつになく静かだった。
カミューは捕縛されたが、もはや正気ではなかった。
彼は扉の前に膝をつき、うわごとのようにこう繰り返していた。
「扉を……もう一度……は……私を待っている……」
誰の名を呼んでいるのか、もう分からない。
その姿を見下ろすカイの顔には、怒りでも悲しみでもなく、ただ苦しそうな沈黙があった。
「……全部、終わったんですか」
カイの言葉に、誰もすぐには答えられなかった。
「……終わってねえよ」
ザックが背を向けたまま答える。
「リューは、まだ戻ってねえ」
その名前を聞いて、ロサンジェラが目を伏せた。
アリスは空を見上げてから、静かに言った。
「また、私の前から消えたか…」
カイはふらふらと封印の扉に近づいた。
手を伸ばし、そっと表面に触れる。
ぬくもりが、そこには残っていた。
微かに震える指先に、あの人の言葉がふと蘇る。
——カイ、お前は……生きたい世界で、生きてくれ。
涙があふれそうになるのを、カイは奥歯を噛んで耐えた。
「僕は……リューさんの代わりになんて、なれない。でも、僕は……」
その手をゆっくりと握る。
「僕は、僕のままで……誰かを守れるようになりたい」
その言葉に、ロサンジェラがそっと近づいた。
「いい目をするようになったわね」
「……僕、まだ弱いです」
「いいのよ。弱くても。あなたは、ちゃんと恐れて、ちゃんと向き合った。……リューが、カイを信じたのは、そういうところだと思う」
その時、誰かの視線を感じてカイが振り返る。
ザギが扉の前で立ち止まり、静かにそれを見つめていた。
「……なにかを知ってるの?」
カイが問うたが、ザギは何も言わなかった。
ただ、その瞳の奥に、冷たい観察者の光と、わずかな哀しみが宿っていた。
「俺から言えることはない。ただ……いまは強くなれ、扉は開く」
そう言ってザギは踵を返し、塔から離れていった。
沈黙が残った。
風が塔をなでる。光が差し込む。
カイはもう一度扉を振り返り、ひとつ深く息を吸った。
「リューさん。僕は、まだ答えを見つけられていない。でも、歩いてみます。いつか、また会えるその時までに、胸を張って言えるように——“ここまで来た”って」
彼の言葉に、誰も何も足さなかった。
ただ、その小さな背中が今、確かに前を向いていることだけが、全員の胸に残った。
——そして、その扉の向こう。
リューは目を覚ました。
視界には、天井に並んだ無数の配線、機械音、規則正しく点滅する光、光、光。
空気は、魔力ではなく、機械と電気のにおいに満ちていた。
ここがどこなのか、分からなかった。
「……ここは……?」
身体を起こそうとした瞬間、足音が聞こえた。
白衣の男がゆっくりと近づいてくる。
その髪は灰色で、肩まで伸びていた。
目元には見覚えのある優しさがあった。
その人は立ち止まり、懐かしい声で言った。
「久しぶりだな、リュー。……」
リューは目を見開いた。
「……師匠……?」
男はうなずき、笑みを浮かべた。
「さあ、話をしよう。……“あの門”のこちら側の話を」
リューはゆっくりと頷いた。
旅の答えは、まだ——ここから始まる。




