第4節「開かれし門、止まった時」
封印の扉が、軋んだ音を立ててわずかに開いた。
その隙間から、禍々しい光が漏れ出す。白くも黒くもない、混ざりきらないまま蠢く色。
まるで世界の理そのものが崩れかけているようだった。
「やめろ、カミューッ!」
リューが叫び、塔の階段を駆け上がる。カイがその背を追うが、上層に向かうほど空間が歪み、魔力の圧力が強まっていた。
階段の先には、青白く光る魔法陣。その中心で、子供たちが無言のまま立ち尽くしている。意識は失われ、魔力だけが“鍵”として稼働している状態だった。
「彼らは……生きてるのか!?」
「まだ、だが、長くは保たなそうです…」
カイが低く答える。
「やめろカミュー! これは、もう誰も救わない!」
リューの声は届かない。
光神使カミューは、祈るように手を組み、閉じた瞳の奥に確信の色を浮かべていた。
「門は、開かれるべきだ。かつて我々が封じた真理に、今こそ手を伸ばす時だ。……私のユミルは、向こうにいる」
「ユミル?誰だ!?聞かせてくれ。なぜ子供を犠牲にする? なぜ、そんな顔で正義を語れるんだ!」
「犠牲? 違う……彼らは選ばれし者だ。“扉の向こう”に行ける、私のユミルを救う唯一の道だ」
リューの足が止まる。息が詰まるほどの魔力の奔流。その中で、カミューの周囲に漂う子供たちの魔力が、プルトンと共鳴を始めていた。
——そして、それは起こった。
ノイズのような音が空間に響き渡る。
まるで“言葉にならない声”が、全方位から頭の中に流れ込んでくるようだった。
「っ……やばい、子供たちが——!」
リューが一歩踏み出そうとしたその時、子供たちの身体が徐々に淡く、透けていくように消えていった。
「やめろおおおおおっ!!」
リューが叫ぶと同時に、塔全体が白く染まった。
その中に、ひとつだけ“青い光”が浮かび上がった。
カイだった。
彼はゆっくりと立ち上がり、その小さな身体から濁りのない魔力が放たれていた。
水でも氷でもない。光でも闇でもない。すべてを包み込むような、透明な力。
その瞬間——時が、止まった。
リューが走る途中の姿勢のまま静止し、すべての影がぴたりと止まる。
空を駆ける炎も、切り裂かれる風も、地響きも、すべてが沈黙した世界の中で、カイだけが呼吸していた。
「……なんで、僕だけ動けるの?」
カイは小さく呟き、自分の手のひらを見つめた。
その掌には、光る紋が浮かんでいた。それは、これまで一度も見たことのない魔法陣。
「カイなのね…」
その声は、封印の扉の奥から聞こえてきた。
女の声だった。優しく、どこか懐かしい響き。
白銀の髪、透き通るような肌。
光に包まれて現れたその女性は、カイを見つめて微笑んだ。
「私の可愛いカイ。やっと見つけたわ」
「……誰、ですか?」
女性は首を傾げ、少し寂しそうな笑みを浮かべた。
「そうね、まだ思い出せないのね。あなたは“向こう”の子……そして、私はあなたを迎えに来たの」
「リューさんは……リューさんはどこ?」
その名を口にした瞬間、女性の表情が変わった。
穏やかな笑みが、冷たい拒絶へと変わる。
「リュー……鍵はもう必要ない。私のカイを、連れていく」
そう言って、扉の中へと手を伸ばす。
「待って…リューさんが鍵って…僕は、行かない……!」
カイが一歩後ずさる。だがその手が届きかけたとき——
「カイ!!!」
リューの声が響いた。
リューの時間が……少しだけ、動き出していた。
その隙間に、リューは立ち上がり、封印の扉の前に立ちはだかっていた。
「ぼんやりだが……思い出した気がする…俺が誰なのか…この世界がどんな世界なのか」
リューの手が扉に触れる。
白銀の光が一瞬だけ明滅し、彼の姿が薄れていく。
「カイ、お前は……生きたい世界で、生きてくれ」
その言葉を最後に、扉は再び“きぃ……”と軋み、閉じ始めた。
カイが伸ばした手は、届かなかった。
「リューさん……!」
時間が完全に戻った時、そこにリューの姿はなかった。
激しい閃光が去ったあと、戦場は静寂に包まれていた。
風が吹き、ロサンジェラがその場に崩れ落ちる。
カミューは封印の扉に向かって叫び続けていた。
「開けろ……開けるんだ! そこにいるのだ、私のユミルが——!」
カイはその背に向かって言った。
「鍵は……リューさんだった。あなたが開けようとしていたのは、救いなんかじゃなかった」
カミューは崩れ落ち、信徒たちの祈りも止まっていた。
塔の周囲には、倒れた光の使徒とセルンの亡骸だけが残っていた。
そして、ザギは何かを知っていそうな顔で、何も言わずに扉を見つめていた。




