第5節:終焉の光と始まりの塔
逃げるしかなかった。
光と数の暴力。感情を奪われた子供たち。影が届かず、模倣も追いつかず、そしてプルートは奪われた。
――敗北だった。
聖都を脱出したリューたちは、夜明け前の丘に身を潜めていた。ロサンジェラは傷の手当てを終え、カイの肩にそっと手を置いた。
「……動ける?」
「大丈夫……」
カイは頷いたが、目の奥には動揺が残っていた。
「あの子たち……俺、斬れなかった。戦えなかった……!」
カイの言葉に、ロサンジェラは小さく首を振る。
「それでいいのよ。あの子たちの“心”が、まだ奥底で叫んでた……だからこそ、助けなきゃいけない」
リューは立ったまま、朝焼けの空を見つめていた。東の空に、封印の塔の方角がぼんやりと浮かぶ。
「あの夜、塔を出てから……ずっと考えていた」
リューが静かに口を開いた。
「塔を守る意味なんて、わからなかった。けど、今は違う。あの場所は“鍵”だった。師は、それを知っていた。塔が、何かを“閉じていた”ことを」
ロサンジェラが問いかける。
「そして、カミューは……その“門”を開こうとしているのね」
「ああ」
リューはゆっくりと頷いた。
「プルート。アトムの代わりになる人柱であるあの子たち……鍵は揃った。あとは、“場所”さえわかればいい。カミューは必ず、塔に向かう。……そうだろ、ザギ」
リューの言葉に応えるように、岩陰から黒衣の男が姿を現す。闇縫いのザギ。その足音は風よりも静かだった。
「……確定した。奴らは、塔へ向かった。セルンの痕跡が移動している。十数人規模、結界の痕跡ごと動いている」
「……行きましょう」
カイの呟きに、リューは短く頷く。
「ここまで来て、背を向けるわけにはいかない」
ザギがひとつ問いを投げた。
「もし、塔の扉が開いたら……その先にあるものを、お前は“閉じる”覚悟があるか」
リューは、ほんの少しだけ空を見た。
かつて暮らした塔。カイと過ごした静かな朝。老人の謎めいた言葉。師の残したノート。そして、数え切れぬ死と希望の記憶。
彼はゆっくりと拳を握った。
「……閉じるさ。命を懸けてでも」
ロサンジェラが小さく微笑む。
「じゃあ、行きましょう。私たちの帰る場所へ」
* * *
その頃、封印の塔の上空には、不穏な魔力が流れていた。
カミューが静かに祈りを捧げていた。プルートと子供たち――光の使徒となった者たちを周囲に並ばせる。結界陣はすでに完成していた。
白い光が塔の結界を削るように広がっていく。かつて誰にも破れなかった“外枠”が、静かに解かれていく音がした。
「この扉の向こうに、“始まり”がある」
彼の背後には、セルンの術者たちが黙して待機している。
「私たちはその“鍵”だ。神に届くための“手”だ。恐れることはない。光は常に、前に進む者に味方する」
高台に立つカミューの表情には、かつてリューと語り合った温かさは残っていなかった。
ただ、虚無だけがあった。
* * *
塔が見えてきた。
その姿は、かつてと同じように静かに佇んでいるはずだった。しかし、遠くからでもわかる。周囲の空気が揺れ、空が歪み、風が逆巻いている。
カイが一歩、リューの隣に並んだ。
「リューさん。もし扉の先に……何かがいたら?」
「迷わないことだ」
リューは静かに言った。
「俺たちは、ただ“今”を守る。それだけでいい。過去も未来も、きっとその先に繋がっている」
ロサンジェラが、鞄からひとつの小瓶を取り出した。
「これ。ザックから託された“導鉱石”。塔の封印に反応するって。力になってくれるはずよ」
リューはそれを受け取り、手の中に包んだ。ぬくもりを感じた。
「ありがとう。……師も、ここで待っている気がする」
朝日が昇る。
その光を背に、リューたちは、再び“始まりの塔”へと向かって歩き出した。




