第3節:追跡と対峙、影のない者たち
夜の聖都は、昼以上に静寂に満ちていた。白い石畳が月光を照り返し、建物の輪郭がぼんやりと浮かび上がる。だが、その光景には“影”がなかった。
「……妙だ」
カイが周囲を見渡しながら呟いた。
灯火がともる街路の下、足元に影が落ちていない。街灯は確かに灯っているのに、まるで光がすべてを包み込み、影を許さないような空気が漂っていた。
「この都市全体に……“光結界”が張られている」
ロサンジェラが呟く。
「ただの防御ではない。これは“干渉”だわ。影そのものを消す、純粋光属性の術式。……まさか」
彼女の言葉に、リューは頷いた。
「カミュー……お前は、本当に“光”に魅せられすぎている」
リューたちは地下礼拝堂へ続く裏路地を慎重に進んでいた。神殿の本殿裏に位置するその空間は、昼間にロサンジェラが目撃した“儀式”が行われていた場所だ。
建物の陰に隠れながら、カイが息を潜めて指をさす。
「あそこ……さっきの子供が入った扉だ」
白銀の扉の前には、二人の神官が直立不動で立っていた。だが、その目はどこか空ろだった。人形のように、ただそこに“置かれて”いるような印象を与える。
リューは石畳に掌を当て、微かな魔力を伝わせる。土の感触とともに、扉の向こうの“脈動”を読み取った。
「……いる。子供たち、そして──何か、強い魔力の渦がある」
「行こう」
扉を押し開けたその瞬間、目を見張るような光が地下空間を包んだ。
まばゆいばかりの白い光。中央には儀式用の祭壇、その周囲に六人の神官が立ち、手を空へ掲げていた。そして、祭壇の上には、目を閉じた子供が一人──少女だった。
「……エル!」
カイが叫んだ。
少女の周囲には、魔力の糸が張り巡らされ、光の円陣が構築されている。その奥、祭壇の先に立っていたのは、光神使──カミューだった。
「……来てしまったか、リュー」
その声は穏やかだった。だが、祭壇を覆う魔法陣は、完全な“術式転写”の構造だった。魔力だけでなく、記憶、意思、存在そのものの一部を、“別の器”へ移すための装置。
「これは……神の意志なのか?」
リューの問いに、カミューは静かに目を閉じた。
「光は、揺るがない。ただ、器を選ぶ。人の心ではなく、純粋な魔力だけが、次の“門”を開く鍵となる。子供たちはその“素材”だ」
ロサンジェラが憤然と叫んだ。
「あなたは……神の名を借りて、子供たちを実験道具にしているのよ!」
「違う。彼らは“光の一部”となるのだ。個として生きるより、世界を照らす一粒の光となる方が、美しいと私は信じている」
その瞬間、空間に別の魔力が走った。
──影。
影がないはずのその場所に、ゆらりと黒い揺らぎが現れた。リューは目を細めた。
「……ザギ」
黒衣の男が、空間の裂け目から滑るように現れる。だが、足元には影が存在しない。闇を糸とするその術者の力が、封じられていることに、ザギ自身も気づいていた。
「影が……使えぬか。ここは……忌々しい場所だ」
それでもザギは躊躇せず前に出た。腕に纏った魔糸を強引に投げるが、光の壁に触れた瞬間、弾けるように消滅した。
カミューが、まるで悲しむように首を振る。
「影はこの国に要らない。君の存在もまた、不要だ、ザギ」
その言葉に、ザギの目がわずかに動いた。
「……」
リューはザギの手前に出た。
「引け。ここで力を使っても、無駄に消耗するだけだ」
「……今はお前に任せる」
ザギは影を纏えぬまま、背後へと退いた。
リューが前に出ると、カミューの背後から、白い装束の一団が姿を現す。
光の使徒。だが、その中には──
「……あれは」
ロサンジェラが震える声を漏らした。
光の使徒のひとりに、確かに“少女”がいた。目は虚ろで、感情の色が抜け落ちている。
「記憶の操作……!?」
リューは拳を握った。
「……カミュー、お前は……本当に光の中にいるのか?」
その問いに、カミューは一切の揺らぎも見せなかった。
「私はただ、光の先にある“始まりの扉”を目指している。それだけだ」
その瞬間、光の使徒たちが一斉に前進を始めた。
リューは、後ろにいたカイをかばうように立ち塞がった。
「問答は終わりだな」
魔力が空間に満ちた。
“光と影”の力が交錯する戦いが、今、始まろうとしていた。




