表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/101

第6章 蒼穹賢のヨハン編 第1節:治癒と知識の国、ハイリオスへ

“Lights will guide you home, and ignite your bones, and I will try to fix you.”

「光が君を家へと導き、君の体に再び灯をともす。……僕は君を癒そうとするんだ。」

──Coldplay – “Fix You” より

 カイの容態は悪化していた。額には玉のような汗が浮かび、息は浅く速い。身体の奥底から溢れ出る魔力が抑えきれず、周囲の空気すらざわつかせている。

「……魔力が、暴走寸前ね」

 ロサンジェラが額の汗を拭いながら眉をひそめる。その手から放たれる回復魔法も、もはや一時的な抑制にしかならなかった。

「このままでは……」

 焦燥がリューの胸を締めつける。無理をして笑うカイの顔が、どこか遠くに見えた。

 頼るべきは、アベルが口にした名――蒼穹賢のヨハン。かつて共に修行を積んだ仲間の一人。水と癒しの魔法を極めた、才知と誠実の象徴だった男だ。

「向かおう。医療の都、ハイリオスへ」

 リューの言葉に、ロサンジェラは黙ってうなずいた。

 * * *

 ハイリオスは、まるで異国のようだった。白亜の建物が並び、清潔な街路には魔法の噴水が涼やかな音を奏でていた。空を翔ける医療用の輸送獣。通りを歩く術者たちの衣には、医療印章が光っている。

 だが、その繁栄の下に、明確な分断があった。

 南区には高級な治療院が立ち並び、裕福な人々が付き添いとともに列をなしていた。一方で、北区では怪我人や病人が雑居屋の影に身を寄せ、見るからに疲弊した顔をしていた。彼らの前には「診療停止」「魔力不足」と書かれた札がぶら下げられている。

「……なんてこと」

 ロサンジェラは言葉を失った。かつてこの国は、貧富の別なく誰にでも治療を施すと称賛されていた。今、その理想は瓦解し、冷酷な制度が支配している。

 受付の建物でカイの診断を求めた二人は、無表情の事務官にこう告げられる。

「初診料として、五十金貨が必要です」

「なっ……!」

 ロサンジェラが詰め寄る。「目の前で苦しんでいる子供がいるのよ! 命に値段をつけるの?」

「規定です」と事務官は感情なく返した。

 リューはカイの手を握りしめ、ぐっと唇を噛んだ。

「ヨハンに会わせてくれ。蒼穹賢に、かつての仲間が来たと伝えてほしい」

 * * *

 面会はすぐに許された。中央診療塔の最上層――かつては研究と理想の場だったそこに、ヨハンはいた。

「久しいな、リュー」

 薄青の法衣をまとい、銀の水環を纏った姿は昔と変わらぬ荘厳さを湛えていた。しかし、その眼差しに宿るのは温もりではなかった。氷のように冷たい視線が、リューとロサンジェラを貫く。

「……ヨハン。会えて嬉しい。助けてくれ。彼を……カイを診てほしい」

 ヨハンは一瞬だけ視線を落とし、虚ろに呟く。

「魔病……か。珍しい症例だ。だが、そのために特例は設けられない。今のハイリオスは、無料で命を救える場所ではないんだ」

「……何を言ってるの?」ロサンジェラの声が震える。「あの頃、あなたが何を夢見ていたか、忘れたの?」

 かつてヨハンは言っていた。“治癒とは誰にでも届くべきもの。魔法とは人を選ぶ力じゃない”と。

「夢など、現実に踏みにじられるものさ」

 ヨハンは背を向けた。窓の外、白く輝く都市の向こうに、どこか遠くを見るように。

「この国は変わったんだ。理想だけでは、命は救えなかった。あの時……救えないものがあった。それだけだ」

 ロサンジェラが息を呑んだ。

「その夜を、俺は忘れない。いくら理想を掲げても、空の青は飢えた者を癒さない。だから今は、限られた命だけを救う。……それが、俺の選んだ現実だ」

 リューは静かに問い返した。

「それでも、お前は“誰かを救いたい”と思ったから、その力を磨いたんじゃないのか?」

 ヨハンは答えなかった。ただ、無言のまま診療塔の奥へと歩き去った。

 残されたリューとロサンジェラは、互いに顔を見合わせた。

「……彼は変わってしまったの?」

「……いいや。そんなはずはない」

 リューの声は、静かに確信を帯びていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ