第5節 魔病の兆しと医療国家への旅立ち
戦いの余韻がようやく冷めた夕刻、リューたちは王都へと戻っていた。
砂嵐が舞う中、遠くに紅く染まる城壁が見える。その背後には、沈みかけた太陽が、火の国を燃え尽きるように照らしていた。
「……なんだか、体が重いな……」
カイが小さく呟いたのは、その帰路の途中だった。
最初は、疲れが出ただけだと思った。過酷な戦地に赴き、泉の修復という大魔力消耗を無自覚に成し遂げた少年には、当然の反応だと。
だが――。
「カイ? ……顔、真っ青じゃない」
ロザンジェラの声が、張り詰めた。
彼女が駆け寄ったときには、すでにカイの体はふらつき、膝から崩れ落ちていた。
額には脂汗。唇は血の気を失い、指先は震えていた。
「っ……カイ、しっかりして!」
ロザンジェラがすぐさま回復の術をかける。
だが――その手の中で、魔力の波が拒絶されるように弾かれた。
「……回復が、うまく……通らない……?」
リューがしゃがみ込み、彼の肩を支える。
「カイ、聞こえるか。どこか痛むか?」
「……わかんない……でも……頭の奥が、ざわざわして……力が暴れそうで……」
その言葉を聞いた瞬間、リューは理解した。
――これは、“魔病”だ。
魔力を宿す者が、成長と共に起こす暴走。
特に稀有な素質を持つ者は、その制御が効かなくなると、魔力そのものが自我を持ち始める。
それは、命を削りながら内側から肉体を蝕む“病”。
「……リュー。これは……」
ロザンジェラは歯を食いしばった。
「……応急処置はできる。でも、根本治療は私じゃ無理……これは魔力構造そのものの調律が必要」
リューの表情が険しくなる。
火将軍アベルが「原因は?」と問いかける。
「魔病だ。放っておけば、魔力が自壊を始める。命に関わる」
アベルは腕を組み、しばし思案したのち、静かに言った。
「一人、心当たりがある」
「……?」
「ヨハン。かつて我らと修行を共にした、水魔法の治療師。今は“ハイリオス”という医療国家で治癒魔法の指導にあたっている」
ロザンジェラが目を見開いた。
「ヨハン……あの人は……私より遥かに深く、魔力の構造に踏み込んでいた」
「そうだ。彼なら、この症状の本質を見抜けるかもしれない。場所は遠いが、命の火を守るためなら、急ぐしかあるまい」
リューはカイを見下ろし、彼の胸に手を当てた。
そこにあるのは、今にも暴れ出しそうな“力”のうねり。
これを放っておくことはできない。
そして、これを放って“師”を探すことも――できない。
リューは立ち上がった。
「決めた。俺たちは、ヨハンを頼りに“ハイリオス”へ向かう。アベルから聞いた師の手がかりより、カイの命が先だ」
ロザンジェラも強く頷いた。
「私も一緒に行く。回復魔法の補助と、病状の記録くらいはできるから」
「俺も人を出そう。道中に敵の残党がいたら困る。必要があれば、援軍も送る」
アベルの声に、リューは目を伏せ、深く一礼した。
「……ありがとう」
こうして、リューたちは次なる目的地――
“治癒と知識の国”ハイリオスへと歩を進めることとなった。
カイの命を救うために。
そして、彼の内に眠る“魔法”が暴走せぬように。




