第2節 火将軍の敗北と再編される絆
炸裂する熱気が、石の床を焼いた。
火将軍アベルの右腕から放たれた火炎の槍が、空気を裂いてリューを襲う――その瞬間、光が跳ねた。
リューはわずかに身を傾け、模倣魔法で展開した半透明の障壁をかざしていた。
それはかつて土魔法から模倣した“断熱盾”の変化型。熱を逸らすようにして、炎が散った。
「やるじゃないか……昔よりは、な」
アベルの声に余裕はないが、笑みも残っていた。
リューの身のこなしは静かで無駄がなく、一手ごとに相手の癖を読み、模倣と調整を重ねていく。
「お前たちは、決まった型の中でしか魔法を扱わなかった」
リューの声が静かに響いた。
アベルが眉をひそめた。次の瞬間、足元から炎の円が浮かび上がり、空中へと火柱が吹き上がる。
リューの姿がかき消える。だが、アベルは感じ取った――頭上だ。
「――そこだッ!」
天井へ向かって火球を撃ち放つ。その爆裂と同時に、何かが逆巻く風のように背後へ舞い降りた。
リューの掌がアベルの背へ触れた瞬間、模倣された火炎魔法が発動し爆ぜる、アベルの身体が地へと沈む。
それでもアベルは踏みとどまった。全身から炎を噴き出し、リューの掌を焼こうとする。しかしその直前、リューのもう一方の手がわずかに振れた。
術式の断片が重なり、アベルの炎が霧散する。相殺。いや――封じ。
「く……っ!」
そして、炎のない広間に、一筋の風が吹いた。
アベルの膝が沈み、崩れ落ちた。
沈黙。
誰も声を発しないまま、しばし時間が止まったようだった。
*
「これが……“模倣”の到達点か」
床に手をつきながら、アベルが呟いた。
リューは何も答えない。ただ静かに、構えを解いていた。
アベルは立ち上がると、鋭い眼差しでリューを見据える。
「かつてのお前は、孤独だった。誰とも交わらず、ただ黙って誰かの技を真似るだけの、得体の知れない存在だった」
「……今も、さして変わらん」
リューの言葉に、アベルはふっと息を吐く。
「今のお前は、あの頃と変わった感覚がする。」
その一言に、カイが目を見張る。
リューは目をそらし、小さく首を横に振った。
「俺はただ、師の居場所を知りたいだけだ。」
「ならば――」
アベルが背後の扉へと手をかける。
「陛下に会え。俺の負けを、王に報告する義務がある」
*
王の間は、太陽のような金色の光に包まれていた。
玉座に座る男――紅蓮皇バルザックは、堂々たる体躯を揺らしながら、まっすぐリューを見据えていた。
「リュー=エルバレスト。久しいな」
その声は低く、しかしどこか懐かしさを含んでいた。
リューはその場で膝をつくこともせず、ただ淡々と答えた。
「会いたい相手ではなかった。だが、他に道がない」
「相変わらずだな。……模倣者」
その言葉に、カイが反応しかけたが、バルザックが手で制する。
「もうそう呼ぶ者は少ない。だが、俺にとっては“あの頃”の名残でもある」
バルザックはゆっくりと立ち、城の窓の外――遥か砂の地平を見やった。
「我が国の水源が、狙われている」
「セルンか」
リューの問いに、バルザックは頷いた。
「我らが命綱――アク・ラの水脈。その奥深くに、グラナダと呼ばれる魔石が眠る。希少な鉱石だ。セルンの狙いは、おそらくそれだろう」
「ならば、王が動けばよい。お前の力なら、セルン程度――」
「……動ければな」
バルザックの声が、ほんのわずかに苦味を含んだ。
「この国は多民族の均衡の上に成り立っている。俺が動けば、各地の派閥が一斉にざわつき、火種が国中に広がる。それだけは避けねばならん」
玉座に戻りながら、彼は静かに続けた。
「そしてもう一つ――アベルが、セルンの調査途中で妙な痕跡を感じ取った。かつての“師”の魔力に、よく似た気配だったという」
リューの目がわずかに揺れた。
「そこを、俺に調べさせてくれ」
「条件がある。まずはセルンを叩け。水源を守るための戦力として、お前が動く。それが済んだ後なら、好きに探るがいい」
リューは静かに頷いた。
バルザックは玉座に腰を下ろした。




