第5章 紅蓮皇のバルザック編 第1節 砂漠の国と旧き因縁
“Pardon me while I burst into flames.”
「燃え上がる俺を、少しだけ見逃してくれ。」
──Pardon me – “Incubus” より
風が熱をはらんでいた。
砂と岩の大地を照らす太陽は、もはや空から降り注ぐというより、大地を焼き尽くそうとしているようだった。
リューは外套のフードを深くかぶったまま、しばし無言で遠くを見つめていた。灼熱の地平の先に、白壁の王都――〈サルバナ〉が蜃気楼のように揺れている。
「……ここが、炎の国」
カイが隣でぽつりと呟く。
旅の衣の下に忍ばせた水筒の残りを気にしながら、汗ばむ首筋をぬぐっていた。
アリスから手に入れた手帳とセルンが残した痕跡は、かすかな符文の断片と、魔力の流れだけだった。地図にも記されていないような遺跡で、リューはそれを読み解いた。そして、ひとつの可能性に行き当たった。
――この国に、“何か”がある。
確証はない。だが、手がかりを得るためには進むしかなかった。
リューの足が、再び砂を踏みしめる。
*
サルバナは、水源を中心に発展した国家だった。中央のオアシスに面して広がる王都には、無数の人種と言語が混ざり合い、喧騒の中にもどこか乾いた緊張感があった。
だが、そんな都市の活気とは裏腹に、リューの胸の奥には鈍い重さがあった。
――バルザック。
この国の王にして、紅蓮皇と恐れられる火魔法の覇者。
リューにとって、その名は過去を引きずる象徴のようなものだった。
直接的な因縁があるわけではない。だが、かつての修行の日々――集団の中で浮き、理解されず、異端視されていた時間。その空気の中に、バルザックの名は常に重く影を落としていた。
彼は人望があり、力があり、多くを惹きつける存在だった。だが、リューには、それがかえって遠かった。
できることなら、会いたくなかった。だが、塔を襲ったセルンを探るには、師の所在を確かめるには、この国の王の知る情報が必要だった。
「リューさん……大丈夫?」
カイが小さく尋ねた。
リューは一度だけうなずき、歩みを止めなかった。
赤煉瓦の城壁は、炎の模様を刻んだ金属で装飾され、近づくだけで熱気を帯びているようだった。衛兵に名を告げると、ロザンジェラが事前に通していたらしく、即座に中へ案内された。
城の中もまた、火の意匠が随所に施されていた。壁画、柱、天井の装飾、すべてが燃え立つように赤と金に彩られている。無数の異民族が入り交じる王国だが、ここだけは絶対的な“火”の領域だった。
導かれた謁見の間の扉が重々しく開く。
石造りの広間には、巨大な焔の紋章が刻まれていた。
その中心に、ひとりの男が立っていた。
「久しぶりだな、模倣者」
扉が開かれた瞬間、熱気と共に懐かしい気配が押し寄せてきた。
赤銅色の鎧に身を包んだ長身の男。燃えさかる炎のような赤髪と、鋭い眼差し。
「……アベルか」
かつての修行時代。
バルザックに心酔し、その理想に酔いしれるように集団の中心にいた男。
模倣魔法という異質な力を嫌い、陰でリューを「イミテーター」と呼んでいた者の一人。
「お前の評判は、あの頃から変わっちゃいない。誰かの技をなぞるだけの、薄っぺらな魔法使い――」
その言葉に、カイが顔をしかめたが、リューは沈黙を崩さない。
「セルンがこの国で動いている。王に会いたい。情報が必要だ」
「王に会う? ふざけるなよ。国をまとめあげてる陛下が、よそ者の“落ちこぼれ”に会う義理なんてない」
「……じゃあ、どうすればいい」
アベルは一歩前に出て、炎の紋章の上に立った。
「俺と戦え。それが条件だ。あんたの力を見極めて、それで判断する」
アベルの体から、炎が立ちのぼる。石の床が熱を帯び、赤く染まりはじめた。
リューは静かに目を閉じた。
「力でしか、語れないのか」
「ここは火の国だ。言葉より、熱の方が通じやすい」
赤き焔と、沈黙の魔導が、静かに火花を散らし始めていた――。




