第3節:氷上の追跡と潜む影
王都の南端、氷河に面した旧鉱区。
かつて魔鉱の採掘で賑わったこの区域も、今は凍結され、封鎖されたままとなっていた。
「アリスからの情報によれば、プルート奪取犯の一人が、この区画に逃げ込んだらしい」
リューは雪を踏みしめながら言った。
「アリスはこの先に誰かがいると分かってるかもしれない」
「でも……動かない」
カイが声を潜める。「どうして?」
「情報が足りないのか、あるいは……身内の兵を出して大事にしたくない」
「でも任されたから、進むのよね」
ロザンジェラは静かに呟いた。「やれやれ、女王様はほんとに変わってないわね」
凍りついた坑道の入り口には、魔力封鎖の痕があった。鍵式の封印が壊され、結界の歪みだけが残っている。
リューが掌をかざすと、微かな波動が走った。
「……生体痕あり。三日前、ここを誰かが通った」
「一人?」
「いや……少なくとも二人。しかも魔力の“流派”が違う」
カイは周囲に気を張りながら、リューの隣で囁いた。
「塔を襲った時みたいな感覚、ある?」
「ある。似た“匂い”がある」
リューの目が細められた。「セルンだ。間違いない」
* * *
坑道の奥へと進むと、氷壁の奥に何かがうごめいた。
リューが手を掲げると、即座に氷が砕け、黒い影が飛び出した。
「下がれ、カイ!」
リューが叫び、土の盾を展開する。
だが敵の動きは鋭い。細身の体に密着した布装束、目元だけを残し覆面で顔を隠している。
右手からは紫の雷が瞬時に走り、リューの盾に斜めから切り込んだ。
「反応が早い……」
リューは攻撃を受け流しつつ、魔法の構造を読み取る。「この雷……基礎魔法じゃない。“改造型”だ」
敵は無言のまま攻撃を繰り出し続ける。応じる形でリューも模倣魔法を展開するが、敵は一撃ごとに魔力の性質を切り替えていた。
「……模倣防止の多層構造か」
「つまり?」
「俺の魔法を封じに来てる。……特化型の戦法だ」
そのとき、氷壁の上から冷気が凝縮し、槍のように敵の動きを阻んだ。
——氷の女王の魔法だ。
「……アリス」
広がる白い光の中、アリスが近衛兵と立っていた。
裾をなびかせながら、静かに敵へと歩を進める。
「私の国で、私の宝を奪い、私の”物”に手を出す。——無礼にもほどがある」
言葉と同時に、空気が凍った。
氷結魔法《白牙陣》——空間を斜めに貫く無数の氷の刃が、敵の退路を断つ。
だが敵は、腕の内側から術式を起動させ、氷を瞬時に融解させてみせた。
「干渉か……なるほど」
アリスが声を低くする。「セルンは、術式ごと“再設計”して魔力干渉を乗り越えると……それが、ロジックか」
リューが横へ並ぶ。「共闘してもいいか」
「勝手にしなさい」
それだけ言って、アリスは氷と共に突撃する。
リューは、模倣魔法《氷刃の道》を構成する。アリスの技を真似たその術は、時間差で敵の脚を封じた。
「タイミング合わせろ!」
リューとアリスの声が同時に重なり、氷と土が一点に集中する。
敵は抵抗の構えを取るが——その肩を、誰かの小さな手が掴んだ。
カイだった。
彼の手のひらから、白く柔らかな光があふれ、敵の魔力を一瞬だけ中断させる。
「……今、何した?」
リューが驚くが、カイは首を振った。「わからない。でも……止まるようにって、思っただけです」
その隙に、アリスの氷が敵の背を穿つ。凍結。
リューの土の縛鎖がその体を地に繋ぎ、ついに敵の動きが止まった。
* * *
術者は仮面の下にまだ若い顔をしていた。二十代前半、痩せた顔つきに深い目のクマ。
リューが問いかける。「セルンの目的は何だ」
沈黙。
ロザンジェラがそっと手をかざし、回復魔法を流し込む。精神を緩ませる“静化”の術式。
「……プルートは、“鍵”。門を……開ける……そのために」
「門?」
そこで、術者の目が白く光った。
「……あっ、まずい」
リューが叫ぶが間に合わない。
術者の体から魔力が逆流し、情報記憶が焼き切られた。
「自己封印術……」
アリスが静かに言った。「こざかしい真似を」
しばらくの沈黙の後、アリスがリューに視線を向けた。
「……模倣魔法か」
「それでも、ただの真似事だ」
「真似か…相変わらずだ」
アリスの視線がカイに向いた。「あの子、何者だ?」
「……俺の従者だ」
「そうか」
その背中はもう、玉座の女王としてのそれだった。




