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第2節:氷の女王と疑惑の影

 王城の中は、静寂が支配していた。

 豪奢なはずの大広間には華やかさはなく、氷のような緊張が張りつめている。玉座の上には、凍りついたような視線を宿す一人の女がいた。

 雪豹姫アリス——

 リューたちが城へと招かれたその日、国はすでに不穏な炎を孕んでいた。

 「ようやく姿を見せたか」

 声に感情はなかった。ただ、王命としての威圧だけがあった。

 アリスは銀の衣をまとい、氷で飾られた玉座にまっすぐ座っていた。

 かつての修行仲間としての面影は、微塵も残されていない。そこにあるのは、絶対者としての視線だった。

 「貴様に命ずる。王都に蔓延る陰を探り、国宝――プルートを奪還せよ」

 「……相変わらずだな」

 リューは小さく応じる。懐かしさも皮肉も込めない、ただの事実としての言葉だった。

 「セルンの名を聞いた。塔を襲った連中と繋がりがあるなら、動機は“鍵”の収集だ」

 「知っているなら話が早い」

 アリスは頷きもせずに続けた。「プルートは、我が国の深層保管庫より奪われた。内部協力者の関与が疑われているが、証拠は曖昧。前王弟派の者どもは、我らに濡れ衣を着せ、民意を掌握しようとしている」

 「つまり、セルンが外から手を引き、国内の分断を利用してる」

 「その可能性もある」

 リューが一歩踏み出す。「その任を受ける見返りとして、ひとつ条件がある」

 アリスの眉がわずかに動いた。「交渉か?」

 「師の居場所だ。手がかりでも構わない。それを提供してもらいたい」

 「貴様ごときが、条件を口にする立場か」

 アリスの声が一段低くなる。玉座の周囲の空気が、目に見えぬ圧で歪んだ。

 だが、リューは目を逸らさなかった。

 やがて、アリスは口元をわずかに歪める。「……いいだろう。命を全うした暁には、情報をくれてやる。それが欲しければ、命令に従え」

 「了解した」

 リューはそれ以上なにも言わなかった。言葉を交わす意味が、もう残されていないことを知っていたからだ。

* * *

 謁見の場を下がった後、ロザンジェラがぽつりと呟いた。

 「……全然、変わってなかったわね。良くも悪くも」

 「俺には、悪い方にしか見えなかったけど」

 カイが遠慮なく漏らす。「冷たすぎるよ。あんなの……」

 ロザンジェラが肩をすくめる。「アリスは、王女になってしまったの。孤独とプライドに支配された、完璧な女王。感情で人を見ないし、見られたくもないのよ」

 カイは複雑そうに眉をひそめた。

 けれど、さっきのアリスの魔力の圧、空気の密度、存在の鋭さ……どれも言い表せないほどに“強い”と感じてしまった。

 彼女が持つ氷のような“何か”に、心の奥がざわめいた。

* * *

 調査はその日のうちに始まった。

 王都の魔術保管庫。プルートが保管されていた場所には、深層結界が存在していたはずだったが、その一部が外部から巧妙に破られていた。

 「侵入ではなく、正規の権限を模倣して解除されてる……これ、塔を襲った奴と同じ手口だ」

 リューが崩れた魔力痕を指先でなぞる。

 「セルン、間違いないわね」

 ロザンジェラも同意する。「ただ、完全に残留痕を消してないのは、見せしめの意味かも」

 リューは思った。

 アリスは命令の中で、「証拠は曖昧」と言った。だが、それが本当かどうかは怪しい。

 自らの派閥に裏切り者が出たとしても、彼女はそれを“公にすることはない”。

 誇りと統制。そのためなら真実すら握りつぶす。それが今のアリスだ。

 「……プライドが高いどころじゃないな」

 リューが思わず漏らした言葉に、カイがこくりとうなずいた。

 だがその視線には、恐れではなく、わずかな憧れが混じっていた。

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