第4章:雪豹姫のアリス編 第1節:氷原の果てにて
“I'm just a girl, what's my destiny? What I've succumbed to is making me numb.”
「私はただの女の子、運命って何? 私が従ってきたものが、私を麻痺させる」
──No Doubt – “I’m Just a Girl” より
北の空は、鉛のように重く、雪は止む気配を見せなかった。
吹きつける風が視界を遮り、足元さえ不確かな氷原を、三つの影が黙々と進む。リュー、カイ、そしてロザンジェラ。ザックと別れた彼らは、“プルート”の手がかりを求めてこの地へやって来た。
「……寒い……」
カイが肩をすくめ、凍えた息を吐く。
ロザンジェラが微笑んだ。「あなたの魔力、熱を生む方向には使えないの?」
「今はただ凍るばかりで……」
「そりゃそうだ。こんな場所、魔法がどうこうってレベルじゃない」
足元を踏みしめながら、リューは前を見据えた。
この先にあるのが、雪豹姫アリスが治める王都・グラディス。かつて共に修行をした仲間の一人。そして今は、彼女が“プルート”を治める女王だ。
プルート——冷気の中でしか安定しないと言われる、魔法鉱石。
その性質は詳しく分かっていないが、アトムと呼ばれるもう一つの鉱石と“反応”すると、何か異常な魔力現象が起こるらしい。
それが“門”と呼ばれるものと関係があるのかは分からない。ただ、セルンという組織がそれを探し求めていた事実が、ザックの谷で明らかになった。
「……リューさん」
カイが問いかけた。「その、アリスって人は……どんな人なんですか?」
しばらく沈黙があった。
「氷みたいな人だ」
リューは短く言った。「貴族の生まれで、誰とも馴染まなかった。けれど、魔法の腕は本物だった」
「仲間だったんですよね?」
「……ああ。ただ、向き合えなかった」
ロザンジェラが横から口を挟んだ。
「それは違うわ、リュー。あなたが“気づかなかった”だけ。アリスは、ずっとあなたを見ていた。でもあなたは、彼女が何を思っていたか、一度も振り返らなかった」
「……そうかもしれない」
リューの声は静かだったが、そこに言い訳はなかった。
アリスは、女王となった今でもリューのことをどう思っているのか——それは分からない。
けれど、会わねばならなかった。プルートにたどり着くには、彼女を避けて通ることはできない。
* * *
雪が弱まった頃、王国の境に辿り着いた。
氷の壁に囲まれた哨所。その前に立ちはだかった兵士たちは、三人の姿を確認するや否や、緊張した面持ちを見せた。
「名を名乗れ」
「リュー=エルバレスト。王都グラディスに用がある」
「確認が取れている。陛下より、貴殿らに召喚の命が下っている。城まで案内する」
「……召喚、か」
リューは目を細めた。「相変わらず、一方的なやり方だな」
ロザンジェラが小声で言う。「まあ、アリスらしいわね」
カイがそっと問う。「怒ってる……んですか?」
「怒ってはいない。ただ、予想通りだと思っただけだ」
リューはそう言い、兵士たちの後を追って歩き出した。
* * *
王都グラディスは、氷の彫刻のような街だった。
建物は青白く光り、雪原の反射が町を淡く照らす。だが、美しいその景観とは裏腹に、町の空気は重く張りつめていた。人々の顔には不安が滲み、通りの音は妙に静かだった。
「ここもまた、争いの只中なのね……」
ロザンジェラがぽつりと呟く。
アリスが女王となったこの国では、前王の弟を支持する派閥と、アリス派による緊張状態が続いているという。
その中で、プルートが何者かによって奪われた――それが、今この国の火種となっている。
玉座の間に通されるのは、もはや当然のように早かった。
厚い氷の扉が開くと、凍てつく空気が流れ込む。
白銀の玉座。その上に、冷たい瞳の女がいた。
雪豹姫アリス。
「ようこそ。リュー=エルバレスト」
その声は、まるで凍りついた刃のようだった。




