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第九節「封印地キッタ」

 影の帳による退避から数日後。

 傷の癒えぬザックとアリスを研究所に残し、リュー、ヨハン、カイ、そしてメギの四人は北方のキッタ地区へと向かっていた。そこはかつて神槍グングニルが封印された地と伝えられる場所である。

 だが彼らがたどり着いたのは、伝承に残る神聖な聖域ではなかった。

 「……これは」

 ヨハンが足を止め、険しい顔をする。

 封印の地とされる谷は黒い瘴気に覆われ、地面に刻まれた封印陣はひび割れ、すでに力を失っていた。その中心には槍のような巨大な影が漂っている。

 そしてその周囲には、数百もの低級神魔がひしめいていた。

 神魔たちは狂信者のように槍へ祈りを捧げ、時折互いを貪り食っては血を捧げていた。血飛沫は大地に吸い込まれ、裂け目から黒い光がグングニルへと流れ込む。

 「……生贄か」ヨハンが呟く。「神魔を神魔に喰わせ、その命を槍に注いでいる」

 リューは思わず一歩踏み出した。

 「こんなもの……俺が行く!」

 彼は剣を構え、群れへ飛び込もうとする。だがその腕をカイが掴んだ。

 「待ってください、リューさん!」

 リューが振り返ると、カイは真剣な眼差しで首を振った。

 「ここは僕とメギに任せてください」

 「なに……?」リューが戸惑う。

 カイは横のメギに視線を向ける。

 「メギ、どのくらい食べられる?」

 メギは少し首を傾げ、焚き火を思わせるような穏やかな声で答えた。

 「うーん……この程度でしたら、すべていただきます」

 「えっ……全部!?」カイの声が裏返る。

 メギは控えめに微笑み、「はい……成長期ゆえか、プロメテウスを平らげても、まだお腹が減ってしまって」と言った。

 リューは呆然としたが、ヨハンが冷静に頷いた。

 「やらせてみろ。今の我々に数百を相手取る余力はない。だが、メギなら可能だ」

 カイが剣を抜き、メギが前に出る。

 「では……いただきます」

 その声と同時に、地面に黒い影が広がった。影は生き物のように蠢き、瞬く間に戦場全体を覆った。

 低級神魔たちは一斉に咆哮し、四方から突進してくる。だが影の中から伸びた黒い牙が彼らを捕らえ、次々と引きずり込んでいく。

 「グギャァア!」

 「アァアアア!」

 悲鳴が次々に上がるが、すぐに影に飲まれ、光の粒となって掻き消えた。

 「すげぇ……」リューが息を呑む。

 だが巨体の神魔が吠え、影を払いのけるように棍棒を振り上げた。カイが跳躍し、メギの影に導かれて空を駆け上がる。

 「はああっ!」

 雷撃を帯びた刃が神魔の頭上から突き刺さり、巨体は地面に沈んだ。

 次々に群れが襲いかかる。だがメギは「影の渦」を展開し、数十体をまとめて吸い込んでいく。影に呑まれた神魔たちは抵抗する間もなく消え、メギの身体から淡い光があふれ出した。

 「……ごちそうさまでした」

 メギは優しく微笑み、影をさらに広げて残敵を飲み込む。

 数百体の神魔の咆哮は、やがてひとつ残らず消えた。

 静寂が戻る。

 黒い影は収まり、カイは息を荒げながら剣を収めた。額には汗が滴り落ちているが、瞳は確かな自信を帯びていた。

 「やった……のか……?」リューが呟く。

 ヨハンは目を細め、メギを見つめた。「……想像以上だ。これほどの力とは」

 その時だった。

 空気が震え、広間に重々しい声が響いた。

 「……この気配。やはり、グラムか」

 槍が黒い光を放ち、封印の中心でゆらめいた。

 「探す手間が省けた。憎き宿敵よ……今度こそ貫いてやろう」

 その声は、神魔の咆哮よりも冷たく、鋭く、絶対的だった。

 リューたちは息を呑み、グングニルの意志が確かにここにあることを悟った。

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