第八節「神槍を求めて」
影の帳に包まれた感覚は、夢とも眠りともつかぬ不思議なものだった。身体の痛みは遠ざかり、意識は宙に浮かぶように揺らいでいた。
次に目を開けたとき、リューたちは再びゼノンの研究所に戻っていた。
因果演算柱の淡い光が広間を照らし、漂う冷気が皮膚を刺す。先ほどまでの血と死の匂いに満ちた神殿とは正反対の、清浄で硬質な空気。だが仲間たちの胸には、敗北の重さが深く沈んでいた。
「……全員、まだ生きているな」
ヨハンが確認するように声を発した。彼の手は絶え間なく回復魔法を紡ぎ、裂けた肉を閉じ、砕けた骨を繋ぎ止めていく。
ザックは治療を受けながらも呻き声を漏らした。肋骨は数本折れ、内出血が広がっていた。それでも彼の目は燃えており、諦める色は微塵もなかった。
リューは剣を横に置き、肩で息をしながら目を伏せていた。アリスは蒼白な顔で横たわり、矢筒を抱くようにして目を閉じている。カイも全身に痣と血を刻みながら、かろうじて意識を保っていた。
誰もが悟っていた。
――このままでは勝てない。
◆
「ヨハン」リューが低く問う。「……勝ち筋は、本当にあるのか?」
ヨハンは短くうなずき、言葉を選んだ。
「アキレスの言葉を思い出せ。“剣でも拳でも弓でも魔法でも”……そう言った。だが、槍は出てこなかった」
「槍……?」カイが息を詰める。
「そうだ。無敵を謳うなら、なぜ槍を省いたのか。違和感を覚えざるを得ない。私はグラムに尋ねた――そして答えを得た」
仲間たちの視線が自然と魔剣に集まる。
だがグラムは沈黙していた。鞘の中で鈍い光を帯びながらも、言葉を発しようとしない。
そのとき、研究所の扉が開いた。
駆け込んできたのはデイアネイラだった。彼女の目は大きく見開かれ、ザックの姿を見つけるなり走り寄る。
「ザック!」
彼女はその身体を抱きしめ、怒りと涙に震えながら周囲を睨んだ。
「どういうことですか! あなたたちがいながら、なぜザックがこんな傷を負わなければならないのです!」
誰も言葉を返せなかった。敗北の事実が重くのしかかり、正しい答えなど存在しなかったからだ。
デイアネイラは次に魔剣グラムへと視線を向けた。
「あなたも……“伝説の剣”なのでしょう? なぜ守れなかったのです! ザックは……私の、大切な人なのです!」
声は怒りと悲しみに満ちていた。
「今度からは、私も戦場に行きます。あなたたちに任せておけません!」
その叫びに、グラムはようやく重い声を発した。
「……ならば語ろう。私が忌まわしく思い、隠してきたことを」
広間が静まり返る。
「グングニル――神魔の槍。かつて私は、あやつと相対したことがある」
グラムの声は低く震えていた。
「その槍は“人の意志を呑み込む”。持つ者を選ばぬ。敵対するものすべてを貫き、盾は存在せぬ。……ゆえに人類にとって最大の脅威となった」
仲間たちの表情が硬直する。
「私は古の英雄ジグルスと共に戦い、なんとか封印することに成功した。だが代償は大きかった。ジグルスは命を落とし、私は深い傷を負った。……グングニルは今なお、私を憎んでいるだろう」
ヨハンが前に出た。
「危険なのはわかった。だが、他に手段はない。アキレスを倒すためには、グングニルを得るしかない」
リューが問う。「……もしその槍に呑み込まれたら?」
「その時は私が止める」ヨハンは即答した。
その冷静な口調に、仲間たちは息を呑む。彼がどれほどの覚悟を背負っているのか、痛いほどに伝わった。
「だからこそ、まずは行かねばならない」ヨハンは皆を見回した。「グングニルのもとへ。封印の地へ。そして説得しなければならない」
デイアネイラはザックの手を握りしめ、声を震わせながらも頷いた。
「なら……私も行きます。もう彼を一人で戦わせたくありません」
その瞳には恐れもあったが、それ以上に強い決意が宿っていた。
リューは深く息を吐き、剣を手に取った。
「……わかった。ならば行こう。次なる戦場へ」
研究所に静かな緊張が広がった。
全員が知っている――その道の果てにはさらなる危険と試練が待ち受けている。
だが同時に、それが唯一の希望であることも。
封印された神槍グングニル。
英雄を葬った忌まわしき神魔の槍。
次に彼らが目指すのは、その封印の地だった。




