第2節:「失われた視界、守られた子ら」
クラト渓谷の内部は、想像とは異なる光景が広がっていた。
石造りの小さな建物が点在し、周囲には畑と薪棚。焚き火の煙が立ちのぼる一角では、子供たちが丸くなって何かを煮ていた。土の魔法で補強された住居はどれも粗末ながら、温かみがある。
「……誰が作ったの、これ」
ロザンジェラが思わずつぶやいた。
「俺だよ」
ザックが答える。
言葉とは裏腹に、その声音にどこか誇らしさがにじんでいた。
子供たちは、はじめ見慣れない来訪者に怯えていたが、ザックが「こいつらは大事な仲間だ」と一声かけると、一斉に安心したように微笑み、リューたちに手を振った。
リューはその様子を黙って見つめながら、ふとザックの歩みに違和感を覚えた。
彼の足運びは、地形を知り尽くしているはずの場所にしては慎重すぎた。
周囲の音を意識し、杖代わりに足で小石の位置を確かめるような動き——それは、視えない者のそれだった。
「……ザック、お前、本当に何も視えてないのか?」
リューが問うと、ザックは歩みを止めた。
「片目だけ、光の影くらいはな。だが……まともには見えねぇ」
ザックはゆっくりと拳を握った。「2週間前だ。ここを、奴らが襲った」
「奴ら……?」
「ああ。外のどこかの術者集団だ。俺には出どころも言語もわからねぇ。だが奴らは『アトム』を知っていた。クラト渓谷に眠る鉱石——お前も聞いたことあるだろ?」
リューは頷いた。アトム。高濃度の魔力を安定して蓄える希少鉱石。王国も、そしてかつての塔も、その存在を伝説扱いしていた代物だ。
「なぜか実在するって気づかれちまった。……俺がここにいることが信ぴょう性をあたえたのかもしれん」
ザックの声が低くなる。
「奴らは、子供たちを攫った。俺が気づくより早く、結界を破り、風のように入り込み、毒を……吹き矢か何かで、俺の目に」
ロザンジェラが息をのんだ。
「それでも、土を震わせて敵の位置を探った。俺が怒りに任せて暴れてりゃ、一掃できたかもしれねぇ。けど、そうすれば、子供が巻き添えになる。それだけは、絶対に嫌だった」
その拳は、語るほどに震えていた。
リューは、その手をそっと包むように置いた。
「……ザック。あの修行時代、お前が俺の模倣魔法を真正面から受けてくれたこと、ずっと忘れてなかった。誰よりも真っ直ぐにぶつかってきたお前が、今こうして……」
リューは言葉を選びながら、慎重に続ける。
「守ったんだな、ちゃんと」
ザックはふっ、と苦笑した。「力だけがすべてじゃねぇ、ってことを子供たちに教わったのかもな。……皮肉なもんだ」
そのとき、ロザンジェラが一歩前へ出た。
「その目……少し試させてもらってもいいですか? 私、回復魔法が得意なんです」
「……いいのか?」
「ええ、ただの手当て以上のことは、望まないでください。でも……何もしないよりは、ましでしょう」
ザックは静かに頷いた。
ロザンジェラが両手をザックの顔に添えると、淡い緑色の光がその瞳を包み込む。
草原の匂いにも似た癒しの風が、谷の空気をやわらかく撫でた。
「……っ」
ザックがわずかに眉をひそめる。
「少し……光が、戻った気がする」
戸惑いながらも、その表情には希望の色が差していた。
「それは……よかった」
ロザンジェラが安堵の笑みを浮かべると、カイがそっとリューにささやいた。
「なんか……すごい人ですね、ザックさんって」
「ああ。昔は……ただの手におえない乱暴者だったけどな、あの冷静なラゼルとも結構やりあってたな…」
リューが微笑む。
だが、彼の目はすでに谷の外れにある、岩の裂け目に注がれていた。
「この谷が狙われたってことは、次も来る。……そういうことだろ?」
「だろうなあ」
ザックが短く答えた。
「リュー、お前に頼みたい。次に奴らが来たとき——今度は、俺は拳を振るう…お前のその力で子供たちを守ってくれるか?」
彼は、リューの肩に手を置いた。
「ああ、昔みたいに暴れるのも悪くないな」
「リューさんって、こんな表情するんだ」
安堵の色を浮かべたリューを見て、カイはふと、自分の知らないリューの素顔に触れたような気がした。




