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第1章 模倣者(イミテーター)リュー(第1節:孤塔の生活)

"I wanna find something I've wanted all along"

「ずっと求めていた何かを見つけたい —— 自分の居場所を」

──Linkin Park~ Somewhere I belongより

第1節:孤塔の生活

 

 霧が森を包み込んでいる。

 湿った空気が木々の葉を濡らし、そのしずくが静かに地面へ落ちる音だけが、朝の世界に響いていた。

 高く伸びる古木の海。その中心に、一本の塔が立っている。

 灰色の石で築かれた古い建造物で、いつからそこにあるのかは、誰にもわからない。

 塔の最上階、窓辺の机にひとりの男が座っていた。

 リュー。かつて魔法使いを目指していたその男は、今では森の奥に身を隠すように暮らしている。年齢は四十五。外見にはまだ精悍さが残るが、瞳にはどこか疲れた光が宿っていた。

 「……風の流れが、微かに変わったか」

 机に並べられた観測器と、魔力を感知する結晶を見つめながら、リューは呟いた。

 塔には、彼が毎朝記録している気象と魔力の変動を記す手帳がある。それは誰に提出するものでもない。ただ“そうするように言われたから”、彼はそれを続けている。

 「おはようございます」

 扉が静かに開き、少年の声が届いた。

 リューが振り返ると、カイが立っていた。年の頃は十二ほど。まだ背は小さいが、目の奥には年齢に見合わぬ落ち着きがある。

 「起きてたんですね。霧、濃いですよ」

 「朝はそんなものだ。この森では特に」

 リューは穏やかに答え、立ち上がる。

 カイは三ヶ月前、この塔にふらりと現れた。それ以来、何の説明もないままリューと共に暮らしている。出自や目的は不明だが、彼の存在は不思議と塔に馴染んでいた。

 「暖炉に火を入れる。薪を選んでくれ」

 「はい。昨日、乾いたのを少し確保してあります」

 カイは地下の貯蔵庫に向かい、リューはその背を見送った。

 ──この子がなぜここに来たのか。なぜ自分を恐れず、慕うような目を向けてくるのか。

 リューには、気になることがあった。

 (あの時……あの魔力の流れは、偶然だったのか)

 数日前、薪に火をつけようとしたカイの手のひらから、一瞬だけ、リュー自身と同じ波長の魔力が発された。自分と同じ能力を、無意識に再現していたように思えた。だがカイ本人は何も気づいていないようだった。

 「持ってきました。ちゃんと乾いたやつです」

 カイが薪を抱えて戻ってくる。手際よく暖炉にくべ、火打石を打つ。数回の火花ののち、小さな炎が薪に移った。

 「……火があると、やっぱり落ち着きますね」

 「そうだな」

 リューは湯を沸かし、薬草をほぐして茶を淹れた。

 静かな時間が、塔の中を満たしていく。二人は向かい合って簡素な朝食を取りながら、しばし無言のまま過ごした。

 「ねえ、リューさん。この塔って、何のために建てられたんですか?」

 カイの声に、リューは手を止めた。

 「……分からない」

 「え?」

 「私がここを任されたとき、誰も教えてくれなかった。ただ、“ここを守れ”とだけ言われた」

 リューは淡々と答えたが、その内心には今も拭えぬ疑念が渦巻いている。

 結界に包まれたこの塔は、外からは視認できず、魔力の探知すらすり抜ける。あまりに強く、あまりに不自然な結界。その中心に自分がいることに、意味がないはずがなかった。

 「それでも、守ってるんですね」

 「……そうだな。理由は分からなくても、雇われている以上、守る責任はあると思っている」

 カイはそれ以上なにも言わず、うなずいた。

 「今日も、森に出て薪を集めてくるよ。結界の内側だけ回ります」

 「気をつけて」

 リューは立ち上がるカイを見送りながら、静かに茶を啜った。

 塔の中にひとり残った彼は、机の引き出しから一冊の手帳を取り出す。そこには、かつて彼が模倣してきた魔法の数々が、細かく記録されている。

 その記録を、最近になってまた見返すようになった。

 理由ははっきりしている──カイが、もしあの力に目覚めているのだとしたら。

 そしてそれが、偶然ではなく何かの“引き金”だったとしたら──。

 (この塔に導かれたのは、私ではなく……彼なのかもしれない)

 小さな焚き火の音が、ゆっくりと空気を撫でていた。

 塔は静かに、ただその存在を保ち続けていた。

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